2015年4月18日 (土)

小田島雄志「ぼくは人生の観客です」を読んだ

シェークスピア完訳したら人生は舞台じゃなくて観客ですか、と思ったら、ある年は391本観たと書かれていた。過去の年間最多でも50本の壁は越えられなかった自分としては、この数字にめまいがした。金と時間と体力と気力が揃っても届くかどうかわからない数で、そのペースを毎年維持とかお化け。

後半は観客歳時記として、劇評を収録しているけど、千秋楽以降に発表されることも多いためか、モノによっては結構ネタばれしていて、ネタばれを極端に気にしている自分には参考になった。

でも、391本観ている人が紹介する芝居が、自分の観た芝居とほとんど重なっていないことに気がつくと、いったいどれだけの芝居が日夜上演されて消えていくのかに思い至って考え込む。映像技術がどれだけ発達しても舞台は生もので、後に残らない分野に費やされた情熱は、後に残らないからこそより深く届く可能性があるのかも。

ところでこの本で一番気に入った箇所。

たまたまイギリス演劇界の大御所で、演出家という仕事を独立させたゴードン・クレイグが、90歳をすぎてのインタビューに答えて、「自分はいい観客(グッド・オーディエンス)の一人、そう言ってよければ最良の観客の一人だった、と思いたい」と言ったのを知って、ぼくも評論家や批評家ではなく、いい観客の一人になるぞ、と宣言した。反応は3つあった。

一、歌舞伎評論の第一人者・戸板康二さん。「私も同じ思いだな。英語で言えばシアターゴーアーの一人でありたいよ」
二、英文学の先輩・小池銈次東大教授。「ゴードン・クレイグが観客と言うからかっこういいのであって、君が言ってもなあ」
三、演劇記者から演劇評論家になった扇田昭彦君。「観客とは招待状ではなく切符を買って見る人です」

扇田昭彦が好きになった。

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2015年4月13日 (月)

平田オリザ「幕が上がる」を読んだ(ついでに映画も観た)

文庫本が出ていたからついうっかり買ってしまった。小説のつもりで買ったけど、文体が一人称にしても独特。登場人物の心情は担当の役者が考えるものだから書かない、みたいな感じで、舞台用の脚本のト書きに近い。出来事の説明に必要な最低限の設定だけ書いていて、小説なのに描写がない。しかも芝居の部分は本当に台詞だけ抜書きして処理するという荒業。描写らしい描写は新宿の夜景と県大会で出番をうかがう舞台袖の役者くらい。小説中で上演になる「銀河鉄道の夜」は青年団でも上演しているけど、観たことがない人でもここから想像できるんだろうか。ついでに書くと、平田オリザが他の本で書いたりインタビューに答えたりした内容があちこちに出てくるから、 吉岡先生を筆頭に4人くらい平田オリザが登場すように読めて紛らわしい。

読み終わった感想は、ものすごい慎重に書いているなということ。何が慎重かというと、あまり具体的な演技指導を描写しなかったこと。その筋ではそれなりに有名な演出家として、誤った指導方法や演技方法が出回らないように、気をつけたのだと推測する。指導で書かれていたのは台詞の順番を「正確に」と指摘する箇所くらい。芝居をブラッシュアップした結果60分の時間制限を越えて失格になるオチだと予想しながら読んでいたけど、そういうオチではなく、きっちり青春小説の枠で収めていた。ターゲットとして高校演劇をやっている人+これから(高校一般含めて)演劇をやる人を対象に、その枠の中に「高校演劇あるある」と「演劇あるある」とをふんだんに散りばめて(どこまで本当かわからないけど)、芝居の作り方や、高校演劇の大会を勝つための分析なんかを説明していた。これで興味を持った人は、作り手かどうかにかかわらず平田オリザ本をお勧め。王道は「演劇入門」と「演技と演出」の2冊。新書で安いし、それを読むと「4人くらい平田オリザが登場して」の意味もわかってもらえます。

で、文庫本が出ていたのは映画と連動したプロジェクトになっているからで、勢いで観に行った。一番そういうところから遠いと思っていた平田オリザの原作に、ももいろクローバーZの5人全員をメインの高校生役に迎えるというまさかの展開。アイドル5人に持ち場を振るという制約の中、文庫本で300ページ越えの内容を2時間前後に圧縮するのはどうやるんだろうと思ったら、
・原作を彷彿とさせるほど主人公のナレーションを多用
・男子部員カット、転校生をスーパー高校生からプレッシャーにやられた高校生に変更
・上手い学生が揃ったから、というところを先生の指導で上達、に変更して「演劇あるある」は大幅カット
・演技演出に関わる箇所もほぼカット(「正確に」の場面は残っていた)
・進路に悩む話は縮小
・入れられるエピソードは順番を変えて他の場面に足しこみ
・県大会の開幕直前でエンディング
と、いろいろ工夫して、5人の成長青春物語に絞り込んで着地させていて、原作のある映画の脚本化の実例として非常におもしろかった。脚本のクレジットは喜安浩平で、すでに脚本で賞まで取っていた。自分のイメージはナイロン100℃の役者なんだけど、多才な人はいるもんだ。原作中の数少ない描写だった新宿の夜景は入っていて、そこは原作よりも饒舌に台詞を入れていて、力入れたのかな。役者では吉岡先生役の黒木華が一番光っていて、この人が入ったおかげで原作のテイストを残して映画が成立した感がある。

プロジェクトとしてはこの後で舞台まで用意されているけど、すでに前売完売の状態でチャレンジしたものか。

小説に戻って、観る側の人間としては以下の箇所が「観客あるある」で一番気に入った。

 一瞬の静寂。
 全員で頭を下げる。
 客席に、グニョッていうへんな時間が流れて、それから万雷の拍手が来た。
(中略)
 拍手をもらうだけでもダメだ。一生懸命やれば、親や友だちは拍手をしてくれる。でも今回は違った。拍手の質が違うなんて、それが手に取るように分かるなんて、いままでは思ってもいなかった。

よくぞあの瞬間を言葉で表現してくれた。「グニョッていうへんな時間」としか表現できないあの瞬間。そして自分がすごい満足度の高い芝居を観た直後、いつもより一生懸命拍手をしつつ、客席全体もその満足感を共有していてあきらかに拍手の熱量が高いとき。あれが芝居を観る側の至福の時間だ。ちなみにこれは校内公演終了時の描写で、ここから小説に入り込めた。小説でも映画でも、この校内公演の場面は好きな場面だ。

<2015年4月25日(土)追記>

ああそうか。これは「脚本家兼演出家の立場から見る(高校)演劇の作り方」という手順書+成功例を小説の体裁で書いたものだ。だから小説としての記述よりも、いつごろ何をやるの記述が多いんだ。読み返してわかった。

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2011年12月23日 (金)

ストラスバーグ「メソード演技」とアドラー「魂の演技レッスン22」とマイズナー「サンフォード・マイズナー・オン・テクニック」を読んだ

正確には、「メソード演技」はリー・ストラスバーグのアクターズ・スタジオでストラスバーグのクラスに10年以上在籍(執筆時も在籍)したエドワード・D・イースティの作。「魂の演技レッスン22」はアドラーの講義の録音テープや書き起しをもとにハワード・キッセルが編集したもので、原語だと「Compiled and Edited」になっている。「サンフォード・マイズナー・オン・テクニック」はネイバーフッド・プレイハウスの授業のまとめで、マイズナーと一緒にデニス・ロングウェルが共著者になっている。でもまあ、3冊とも3人の本と呼んでいいと思う。

スタニスラフスキーを読んだら他も読みたいと考えていたところに、ちょうどスタニスラフスキーをまとめたエントリーで勧められたのもあって、最初に読んだのはマイズナー本。ただ読んでいるうちに、他の2人も実は同じ劇団「グループ・シアター」の出身だったということがわかって、アドラー、最後にストラスバーグも読んだ。なのでその順番で書く。

<マイズナー本>

登場する役者の飲みこみがいいのは、普通のクラスではなく、少し年配のプロフェッショナル向けに教えた講義の取材だから(途中でひとり追放される)。でも、3冊の中ではたぶんこれが一番演技の技術っぽいことを追求した本。

マイズナーが重視するのは、自分の感情を動かすこと。もう少しいうと、何かに刺激を受けたら、その刺激に自分の感情を反応「させ」て行動に移させること。「衝動が働くようにする」とも言っている。特に相手(相手役)との反応で感情が刺激「される」ことが大事。

相手役とのやり取りで最初の刺激はどうするんだろうと思いながら読んでいたけど、「感情準備」といって、最初は何とかして感情を準備しておくというのがお約束だった。

どんなことをやっているかは読んでもらうとして、以下の引用を読めばマイズナーの目指すところは伝わるんじゃないかと思う。

・紳士でありながら俳優にはなれない。

・せりふは一艘のカヌーのようだ・・・そして、カヌーの下を感情の川が流れる。せりふは川の上に浮かんでいる。もし川の水が激しく流れているとしたら、言葉は急流の上のカヌーのように出ていく。すべては感情の川の流れ次第だ。せりふは感情の状態の上に乗っている。

・原則は「君たちに何かをさせることが起こるまで、何もするな」。想像上の状況の中に存在するものに感応する人間となれ。

・台本の中の役の名前の下にある、カッコに入れられた小さな言葉、たとえば(柔らかく)、(怒って)、(懇願するように)、あるいは(努力して)、などは読者の助けにはなるが、俳優たちの助けにはならない。いますぐ、線で消してしまうことだ。・・・なぜなら、それらは、自然発生的にしか現れない人生を支配するからだ。

他に、

・その衝動を内に押さえて、実際には何もしないで、ただその気持ちだけを抱いていたら、俳優である君の役に立つのではないか

・役者になるには20年かかる。

というのもあった。

現代西洋流演技の、一番中心のところだけを切取った感じの本だった。自分は観客だからかまわないけど、実際に役者が読んだら好みが分かれるような気もする。でも、3冊の中で一番刺激を受けたのはこれ。

<アドラー本>

演技のテクニックの話ももちろんあるけど、演技のための心構えの面が多い本。スタニスラフスキーの「俳優の仕事」でいうなら第2部の内容。どうもアドラーは「現代アメリカの貴族(いないけどさ)の末裔」を任じているようで、翻訳の調子もあると思うけど、高飛車な感じがする。

でも、その高飛車な感じに負けないくらいいい言葉がたくさんあった。

・役の世界に見合う力量、度量、世界観 - 今後それらを総称して「サイズ」と呼びます - が必要とされました。サイズが足りない俳優はダメなの。

・アクションを行なう理由を見つける(ジャスティフィケーション)

・イプセン以来、戯曲には少なくとも二つの価値観が描かれるようになりました。甲乙つけがたい二つの視点が描かれている。最も重要なのは「二つの真実が存在する」ということ。「どちらの真実を選びますか?」と観客に問いかけます。・・・観客はまず片方の言い分に引きつけられ、しばらくするとまた別の片方に共感し、と揺れるべきである。それでこそ劇を見終わった後も、理想の生き方について考え続けてくれる。近代劇の多くでは、思想について議論できる俳優が非常に重要視されます。

・どんなアクションも具体的な状況の中で発生します。・・・状況とパートナー。この二つを明確にすれば、アクションがあやふやになることはありません。・・・アクションを強くする鍵は、状況とパートナーが握っているのです。

などなど。章単位だと、自分は第十三回の「アクションにサイズを与える」と第十四回の「テキストを理解する」がよかった。

あとアドラーも、叱ったことを個人的にとらないように、と注意していた。これはやっぱり重要

まずは本屋でめくってみて、特に抵抗感を覚えなかったら読んでおけという1冊。

<ストラスバーグ本>

これはスタニスラフスキーの「俳優の仕事」でいうなら第1部の内容。内容はかなり近いけど、取捨選択したものに独自の項目を追加して、こちらのほうが整理されている。

ただひとつ大きな問題があって、第四章の「感情の記憶」が危ない心理学になっていて、これだけは真似するのを止めたほうがいい。ちなみにこの内容は、生前のスタニスラフスキーに直接会ったアドラーが質問していて、スタニスラフスキー本人も(演技につながらないから)重視するのを止めたというもの。それはアドラー本の第五回、第十二回、あとがきあたりを参照。

内容は読みやすいけど、演技の技術目的なら今からわざわざ読まなくてもいいし、読むくらいなら多少読みづらくても、自分はスタニスラフスキーの第1部を読んだほうがいいと思う。そういう本。活字が古いので、個人的には読むのが苦痛だったことも付け加えておく。

ちなみにこの本の第十四章に、マリリン・モンローの有名なエピソードが出ている。アクターズ・スタジオで授業を受けて、練習はしても人前で実演はしなかったモンローが、18ヶ月目にして初実演を披露して、(キャパ70人のホールに押しかけた)200人の見学者を黙らせたというあれです。映画で観る以上に、筋のよい役者だったらしい。

<3人の関係>

グループ・シアターの演技はストラスバーグのやり方が入っていたけど、グループ・シアター以前から、アドラーはストラスバーグのやり方に納得がいかなかった。

ストラスバーグはスタニスラフスキーのやり方を間接的にしか習得できなかったけど、アドラーはパリでスタニスラフスキーに直接会って話す機会があって、それでアドラーは自分のやり方が正しいと確信した。マイズナーはアドラーと仲がよかったので、アドラーの話(だけではないけど)を参考にしながら役者の練習方法を考えた。

アドラーもマイズナーもストラスバーグをけなしていて、特にマイズナーは

・ストラスバーグは才能のある人を見つけると、彼のスタジオに参加するように誘う。有名で才能のある人だ。そして、後でいう。「彼は私の生徒だった」

・あそこは俳優たちがいる場所だ。それがアクターズ・スタジオのメリットだ。

・彼(ストラスバーグ)はひどい俳優だった。

とこてんぱん。どれだけ仲が悪いんだ。

で、なんでこんなことまで書いたかというと、全部読んだ人、全然読んでいない人ならいい。でも、役者志望の人が中途半端に1冊だけ読んで、それを金科玉条にしてしまうとよくない。さらに、本人が人生を間違うだけならともかく、他の人に悪影響を与える可能性も(残念ながら)あると考えたから、こういうこともメモしておく。

そういう悪影響から身を守るために、全部読んでおいて「ああ、あの人が言っているのはあの本の受売りだな」とわかるようにするのも場合によっては必要かも。ちなみに出版の時期は以下の通り。だいぶ離れている。

                                                         
米国出版日本出版
ストラスバーグ本 1966年 1978年
マイズナー本 1987年 1992年
アドラー本 2000年 2009年

年齢によってはそもそも出版されていなくて読めなかった人もいるだろうから、それはそれで考慮が必要。ただ、現代であれば3冊とも読める、スタニスラフスキーも3部作で読めるというのは、とても幸せな時代だと思う。だから、読まなくてもいいと書いておいてなんだけど、役者志望の人は一通り読んでおいたほうがいいと思う。それはたぶん、内輪よりももう少し広い範囲で仕事をするときの「共通言語」の獲得にもつながるだろうから。

あと、これが演技のすべてではないとも思う。日本の本(これとか)も読んでみるといいです。

<補遺>

アクションとかアクティングという言葉が「芝居中の役の行動(役として行動する)」という意味に使われていることと、シーンという言葉が「リアリズムを伴ったやり取り」という意味で使われていることは、知っていると今後他の本を読むときに役に立ちそう。

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2011年12月 6日 (火)

如月小春「俳優の領分」を読んだ

この本ここで薦められていたから本屋に行ったら、出てくる人たちが文学座の岸田國士、久保田万太郎、岩田豊雄の3人から始まって、映画の小津安二郎をはさんで、三島由紀夫がきて、修行時代をはさんで、別役実が出てくる。もう、自分の苦手意識と食わず嫌いのど真ん中の人たちばっかりで、中村伸郎も知らないし、買うのをやめようと思ったけど、本文をめくった字面の雰囲気を信じて買った1冊。築地座から文学座を経て、修行時代、演劇集団円参加という経歴を持つ中村伸郎の話。

小山内薫はスタニスラフスキーに学んだけど、上演した芝居がイプセンのような近代リアリズム芝居であり、また登場人物の対立が必要とされたから、社会主義リアリズム演劇であり、役者中心のリアリズムだった。それとは別に、脚本に書かれた韻律(流れ)を声と姿で成立させる、役者はあくまでその成立の一端を担うという立場で芝居の美しさの表現を目指したのが岸田國士で、フランスでコポーに学んだ別派のリアリズム路線。何気ない風景を写実的に演じることでそこに漂う韻律を立上げようとする手法は、心理主義リアリズムまたは純粋演劇理論と呼ばれた。そして中村伸郎は後者に学んだ。

この流れで三島由紀夫にバトンタッチ。小山内薫のようなリアリズムを「ドラマ」、岸田國士のようなある種の美しさを目指すこと、脚本の内容だけでなく上演時の美しさも求めることを「シアター」と呼んで、三島由紀夫はシアター路線を目指した。脚本に加えて肉体言語と台詞術の両方を持つ役者が要求されるシアター路線の到達点が「鹿鳴館」で、その役者の代表が杉村春子。だったけど、後に文学座の上演拒否事件で裏切られてから、上演時の美しさを当てにしない、自分ひとりの脚本だけで極みを目指した作風に変わっていく。その代表が「サド公爵夫人」。これは役者を当てにしない、徹底的な台詞術を要求するような脚本。三島由紀夫を追いかけて文学座をやめた中村伸郎は、それなのにあまり三島芝居に出演機会がなかったが、後者の時期に書かれた「朱雀家の滅亡」に主演する。美文を駆使した朗誦と会話体とが混在する脚本で、台詞術も求められるが、それと同時に滅亡を体現するような存在感も求められる脚本。

戻って小津安二郎。中村伸郎は小津映画に何本か出演している。小津安二郎はとにかく役者に何もさせたくない人。台詞に意味を持たせて強調することを嫌がる人。これは伝えられない何かを内に持って、最小限の台詞と仕草で、逆に表現し切れない心情をニュアンスとして立上げることを小津流のリアリティーとして狙っていたため。それは中村伸郎に言わせると「半分自分に、あるいはほとんど自分に言う。その方が、自分の腹の中にみんなおさめて存在感だけで芝居している」「演技らしい演技」となる。ちなみに黒澤明とは正反対。

三島由紀夫が亡くなってからの修行時代。イヨネスコの「教授」を十年二ヶ月上演。不条理劇だけど、むしろこの不条理劇を演じるためには、岸田國士の純粋演劇理論で言われてきた写実演技こそが求められるのではないかと考えた。なのに上演を重ねるうちに脚本の韻律・ニュアンスを立上げるのではなく、自分が演じたいように演じる芝居になってしまった。その原因を翻訳の問題に求め、ニュアンスを描く芝居の台詞は日本語でないと突詰められないという結論になり、上演をやめることになった。台詞術に熱心だったぶんだけ、語る速度、リズム、音色を劇世界に沿って正しく要請するような脚本がほしくなった。

そして最後が別役実。大陸出身の別役実と、引越して東京の山の手育ちになった中村伸郎とは、標準語で育ったのが共通点。台詞に生理が同調するような台詞術の役者だとまだるっこしくていえないような台詞だが、作られたリズムを楽しめる役者だと大丈夫。そして不条理な状況でも、リアリティーのある存在をしているつもりになることができたので、不条理劇固有の、状況のわからない脚本でも存在感が発揮できた。それが演技の基礎だと中村伸郎はいう。言いかえると、ある人物がそこにいると受入れて舞台に立てばそれで「純粋演劇」が成立することを知っていた。その台詞術と存在感を別役実と2人でつきつめてたどり着いたのが日本的な「たたずむ」演技。歌舞伎の脱却から始まった日本近代芝居のある種の演技体の最高峰であり、現代の芝居の最前衛だった。

という内容。あれだけ寝かせたのに下手なダイジェストになってしまった。自分の理解では、内容は以前のエントリーで書いた日本近代芝居の問題点のうち

  • 型やリズムから脱出したリアリズム演技の実現やそのための役者育成
  • 西洋的なリアリズム芸術(三一致、行為と時間と場所が一貫性と合理性をもったもの)に適してかつ自然な日本語口語体の創出

の2つに当たる。そしてその問題を解決した人たちの話になる。

後で書くつもりだけど、スタニスラフスキー系統の教えは感情をいかに解放するかに重きをおくので、それはそれでいいのだけど、やっぱり西洋流。日本流を極めた演技、腹の中に収めた演技でもリアリティーは追求できるというのも、ひとつの流儀として存在しうると知っているのは大事。台詞術も、感情に乗せる方法と、言葉それ自体を扱う方法とがあること。芝居の種類も、役者の役作りから物語を演じる芝居のアプローチと、脚本が要求する場面を役者が組立てる芝居のアプローチとがあること。両方知っていることが大事。それを実現した人たちがいる(いた)ことを知っているのといないのとでは後で大きな差になる。ストラスニフスキー系統の本を読んだら、こっちも読むべき。

読み終わった今は、字面の雰囲気を信じて読んでよかったという感想。今まで苦手だと思っていた脚本家たちに俄然興味が湧いた。それに面白い。序文で大正時代の中村伸郎少年から急に昭和時代の役者・中村伸郎に切替わるあたりなんか、暗転なしで切替わる芝居のような錯覚を覚えた。本は厚いのに読みやすいのは、やっぱり脚本家だった如月小春の実力なんだろうと思う。あるときは調べた内容を語り、小津安二郎映画を語っては饒舌になり、ついにインタビューを始めたきっかけ、芝居を観た際に覚えた衝動の源が「たたずむ」演技であることにたどり着くまでの運び。まるで名探偵如月小春の大冒険を読んでいるようだった。間違いなく名著。

なんでこれを出版するのに手間取っていたんだと後記の人にいいたいけど、言われても困るだろうから言わない。本人も手直しする時間があると思っていたんだろう。そして才能にはたまにそういう出来事がある。

他にも珠玉の言葉がたくさんあったのだけど、それは必要なときに引用するとして、ちょっと衝撃を受けた、2回引用されていた岸田國士の言葉をさらに引用する。

「東洋の近代化が、西洋文明の移植、模倣に始まったことは、実に止むを得ぬことであった。しかしながら、西洋文明に神の救いの如きものを求めたり、せいぜい、長を採り短をすてるなどという甘い考えで出発したことが、そもそもの間違いであった。

たとえ西洋文明の拒否すべからざるを覚ったとしても、東洋の精神は、単なる局部的な抵抗を試みただけで、精神自体が、精神と取組むていの格闘を演じたことはない。云いかえれば、自己の固有の精神を新しい精神によって、鍛え試みる自信と勇気と粘りとを欠いていたことは、何と云っても、人間としての第一の敗北であった。」

芝居の分野で格闘していたひとり、中村伸郎の到達点を見るべし。

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2011年11月16日 (水)

兵頭裕己「演じられた近代」を読んだ

この本です。我ながら昨今は芝居勉強に熱心なので、読書が増えている。それと最近いろいろあって、やっぱり歴史を学んでおかないと次に進めないなと感じることが多い。そこでめぐり合ったこの1冊。読み終った感想は、手ごわいけれども避けては通れない1冊。読み終わって寝かせていたけれども、これ以上は消化されないので書いてまとめを試みる。長いよ。

盆踊りを遡ることはるか昔から、世の中が変遷するタイミングで日本ではある種のリズムをもった掛け声(XX節など)に乗った踊りが流行る特徴がある、この衝動を契機として新しいパフォーマンスが生み出されていく、観客はその演者のリズムと踊りとリズムに自分の衝動を共振させるところに熱中する、というのが出だしの解説。この末裔として歌舞伎がある。歌舞伎は歌謡と舞踏を主体とし、さらに三味線音楽の間と呼吸で様式化されたパフォーマンスであり、その例として江戸末期から明治にかけて当たりに当たった黙阿弥の戯作を取上げる。七五調のリズム(4拍子、またはゆっくりとした2拍子)の台詞を語った役者が型を決める、その瞬間に共振したい、観る-観られるという関係ですらなく一体化したい、それが目当てで観客は芝居小屋に来る、ストーリーはおまけでつじつまがあっていなくてもかまわない、そこが歌舞伎の魅力。ではこの七五調のリズムの気持ちよさははたして先祖伝来の感覚か。

このころ文明開化による明治政府の欧化政策が始まる。ひとつは音楽教育と体操教育。軍隊と(明治の)近代経済に必要と政府に認識されて、西洋に学んだ文部省の官僚によって導入された。音楽はヨーロッパの曲のうち、日本に親しみやすいヨナ抜き音階(ドレミソラの5音階)の曲を選んで、七五調の日本語歌詞をつけて紹介した。そして体操は行進行軍の練習を行なう隊列運動が導入された。この隊列運動と曲が合わさって、日本の七五調と海外の4拍子(2拍子)が結びついた。これが学校教育で全国で行なわれた。七五調のリズムと拍子が結びついたのは近代のこと。

もうひとつの欧化政策が芝居公認。それまで悪所扱いだった芝居が、外国との社交場に適当と認知されたため。これを契機として九世市川団十郎が学者たちと一緒に、台詞回しを普通にして衣装や化粧を写実化した活歴ものに挑戦する。それに坪内逍遥が写実よりも戯曲(による人間心理を描くこと)最優先説を唱える。団十郎の活歴ものは評判が悪く、それにもめげずに続けていたが、日清戦争の芝居の出来があまりに悪く、歌舞伎は現代劇になれないことが決まって、団十郎は旧歌舞伎路線に戻る。政府の人員交代もあって、芝居と政府は(検閲などは残るが)一度離れる。

この時期、民権運動や地方没落農民の江戸流入によって、江戸町人と意識が異なる「国民」意識が生まれる。また民権運動の活発化が「国民」相手の政治演説を行なう弁士を増やし、政府の取締りも誘発する。この取締りを避けるために、講談師の鑑札を取得して(役者の鑑札で芝居を行なう場合は脚本の事前検閲が入るので講談師)俄か芝居(即興寸劇)と銘打って即興を行なう弁士が出てくる。その一人が川上音二郎で、やがて本業に転じて、「新演劇を作る」と称して弁士なみに口が立つメンバーを募集して一座を作り、興行を本格化させる。最初は欧化政策を批判するオッペケペー節で、国民の中でも貧しい「大衆」の人気を集め、やがて日清戦争をネタにした芝居で大当たりする。これは外国との戦争ということで地域や階級の差異や差別を打消して、「国民」が一体化できるパフォーマンスとして人気を集める。その人気に乗って興行を繰返すうちに、川上音二郎一座、あるいはそこから脱退した役者が旗揚げした様々な一座の演技の型が洗練されてくる。そして「金色夜叉」の上演を契機にこれら一座は「新派劇」という呼称が定着する。これが新派で、当時は旧派と見られていた歌舞伎に対抗する芝居として認知された。しまいにはシェークスピアの日本初演まで行なったが、主たる支持層である「大衆」への受けを狙って原作を大幅に改作したため、学者の間では評判が悪かった。

それを嘆いたのが戯曲最優先主義の一環としてシェークスピアを研究していた逍遥。イギリスやドイツに留学していた門下の島村抱月を立てて、文芸協会を発足した。またほぼ同時期にそれに先駆けて、ヨーロッパのリアリズム演劇を小さな劇場で伝える小劇場運動の影響を受けた小山内薫が「自由劇場(劇場と名前はついているが当初は活動名だけで劇場はない)」を開始する。この人たちの系譜の芝居が後に「新劇」と呼ばれることになる。

文芸協会は、思うような芝居をできる役者がいないとして、まず演劇研修所を作って2年間の養成を行ない、卒業公演で「ハムレット」を、その後初回公演で「人形の家」その他を上演した(第2回公演でも「人形の家」を上演)。これが松井須磨子の現代演技と、主人公ノラの女性自立物語と相まって絶賛と反響を呼ぶ。その後の公演で文芸協会の活動が軌道に乗り始めた矢先、島村抱月(妻子あり)と松井須磨子の不倫が表面化、並行して上演演目が芸術的か通俗的かでもめて、文芸協会は解散、島村抱月と松井須磨子は芸術座を旗揚げする。芸術座も当初は芸術最優先で公演していたが、経済上の都合から興行を優先する「妥協路線」に進む。その「妥協」の一環として、島村抱月の書生だった中山晋平に作曲させた劇中歌「カチューシャの唄(カチューシャかわいや、別れのつらさ・・・)」や「ゴンドラの唄(いのち短し、恋せよおとめ・・・)」などがヨナ抜きで作曲され、全国的流行歌となり、芸術座は日本どころか海外公演まで行なう。その過程で松井須磨子中心のスター主義となり、また松井須磨子の演技も型が目立つようになり、新派との違いがわからなくなる。やがて島村抱月が病死し、その後追い心中のように松井須磨子も死ぬまでがひとつの区切りとなる。

自由劇場は小山内薫が、新派の座付脚本家時代に勝手な改作をされた経験や、ロシアでスタニスラフスキーの影響を受けたことから、やはり戯曲最優先のリアリズム芸術を目指していたが、「カチューシャの唄」をセンチメンタリズムと呼んで友人(山田耕作)の「どぶ泥の匂をかぐような気がした」という意見に賛同する、そういう明治日本の気配を拒否するだけの「センス」を持っていたので、上演ためには日本的なリズム感や身体感覚の「型」から自由な役者の身体を求めた。ここで文芸協会とは違って、歌舞伎役者を「素人」の役者に鍛えなおすというアプローチをとった。またそういう芝居(芸術的な上に、このころはまだ実験的で未完成)に興味がある観客が限られることから会員制とした。もともと「大衆」の「低級趣味」を向上させたいという一種の啓蒙主義をもっていた小山内薫の方針もあり、これが知識エリート向けのサロンのような位置づけを獲得する。この自由劇場は一定の成果をもって終了する。

ここまでで、小山内薫に代表される少数向けに芸術を追求する第一種の芸術劇、川上音二郎に代表される大勢向けの通俗的な第二種の通俗劇、島村抱月に代表されるその折衷を目指した第三種の中間劇と分類され(島村抱月がそのように分類しているいる)、どれがいいのか悪いのかと盛上がる。

そこを東京大震災が襲って、芝居小屋がことごとく被災して芝居興行が壊滅したとき、小山内薫は土方与志をかついで築地小劇場を建築し、そこを拠点に活動を再開する。今度はもう少し徹底していて、初期は翻訳ものばかりを上演して、日本の型から離れるための準備とした。ただし時代が変わり、ヨーロッパからのスタニスラフスキーより新しい芸術活動の紹介、知識エリートの大衆化、政府によって創立された国民文芸会による「民衆化させた演劇を利用した民衆の啓蒙」というプレッシャー、共産主義的なプロレタリア芸術運動などが重なる。そこで築地小劇場は「民衆のため」の「芝居小屋」と宣言し、知識人のサロンでなく啓蒙活動を重視し、「民衆の手を引いて、階段を一歩一歩。我々の『殿堂』に連れて来なければならない」という、ある意味傲慢と言われてもしょうがない方針で活動した。ただしどこへ行っても客層が変わらないことに悩み、しかも路線は変更しないという苦労の中、イデオロギー先行の芝居を生み出してゆくことになる。やがて小山内薫が亡くなると築地小劇場は分裂するが、その分裂した一派の影響でプロレタリア演劇が全盛を迎える。

その後は概略。徐々に弾圧が厳しくなる。大政翼賛会の文化部長に岸田國士が就任して政府の監視下に入る。敗戦後は弾圧されていた新劇関係者が活動を再開して、それはイデオロギーを含んでいたが、興行が成功するにしたがって逆にイデオロギー性が風化。そのころに新劇を批判するアングラ演劇が台頭して、戯曲優先主義(脚本、演出、役者、観客のヒエラルキー)が否定される。唐十郎は役者の身体を重視し、鈴木忠志は様々な芝居の脚本をつなぎ合わせた実験的な芝居を作り、寺山修二は脚本なしの口立てで集団創作した。新劇批判をしたアングラ演劇では、新劇以前の、歌舞伎のころの前近代的な芝居作りの方法が採用されたことになる。一般社会では安保活動が盛んだったが、シュプレヒコールの様々な掛声は2拍子系4拍子(「アンポーハンタイ、キョートーショーリ」など)で、「世の中が変遷するタイミングで日本ではある種のリズムをもった掛け声に乗った(一種の)踊り」が「明治政府の導入した日本の七五調と海外の4拍子(2拍子)」で展開されていた。結局、芝居も日本人一般も、明治の時期にアレンジされた「近代」を乗越えられていない。21世紀になってからは「声に出して読みたい日本語」や「ナンバ走り」が一般に親炙するような状態。この「近代」を乗越えるような、明治にアレンジされたリズムと身体に代わる、新しい身体を創造することが現代の芝居にできるか。

ここまででまとめ終わり。すごい着眼点ですよね。

読みながら最初に思ったのは、「リズムと型(身体)に共振したい=一体化したい」の指摘。自分も芝居を観ていてそういう楽しみ方を覚えるのだけど、自分はこれを物語の喜怒哀楽の感情に共感したのだと思っていた。でも喜怒哀楽と思っていたものが実は「リズムと型」と言われると、そのほうが近い気がする。そこから話は飛んで、同じものへの一体化を目指すのが娯楽で、対立を目指すのが芸術なのか。あるいは違うように見えたもの同士から共通点を見つけるのが近代で、違うもの同士でも共存できることを示すのが現代に求められることなのか。仮でもいいからこれに自分なりの解答を出せると今後が楽になる。ここら辺はまた平田オリザの本の感想で書く。でもこういう文脈を知っていると、チェルフィッチュがあんなに「珍重」される理由がわかる。

それと合せて思ったのは、ここに書かれた明治大正の芝居のハードルがほとんど今と変わらないこと。売れて分裂とか、主催者と看板女優の不倫とか(笑)。それは冗談として、
・型やリズムから脱出したリアリズム演技の実現やそのための役者育成
・西洋的なリアリズム芸術(三一致、行為と時間と場所が一貫性と合理性をもったもの)に適してかつ自然な日本語口語体の創出
・芸術性と興行との両立
・政治を通さない芝居と社会との関係構築
などなど。他に歌舞伎役者の現代劇挑戦なんてのもある。全部あるいは一部を実現している関係者はいても、これが当たり前という状況ではない。だからスタンダードを確立したいという欲求を持つ関係者がいるんだ、とこれも腑に落ちた。

これだけ書いてようやく消化できた。今までエントリーを書いて寝かせたことはあったけど、そもそも書くのに2日かかったのは初めてで、つまりそれだけの内容が詰まっていたからなんでしょう。この本を紹介してくれた匿名希望さんにこの場を借りて感謝御礼を。そしてこの後さらに別の本を読んで、この本からつながったさらなる発見があるのだけど、それはまた改めて。

余談ですが、読んでいて思ったのは、川上音二郎のエネルギッシュな活躍と、小山内薫の嫌な感じ。特に川上音二郎の活躍を読みながら、三谷幸喜がなんで川上音二郎を芝居にしたのかを考えました。今回の登場人物の中で、もっとも芸術と興行の両立を目指していたのは、実は川上音二郎なんじゃないかと感じました。三谷幸喜もキャスティングやスポンサーの意向など興行の要求は残らず汲取って、その上で面白い芝居や映画を創ろうとして、しかも自分でコラムを書いたり宣伝に出たりしていますよね。あの精神が川上音二郎の中に共通点を見て取ったのではないでしょうか

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2011年10月25日 (火)

スタニスラフスキー「俳優の仕事」とベネディティ「スタニスラフスキー入門」を読んだ

「俳優の仕事」は3冊組み(一部二部三部)で、「スタニスラフスキー入門」は1冊。読んだ直後はわからなかったけど、しばらくしたら何となくまとまったので書いてみる。題名どおり、元々は役者のために書かれたものだけど、自分が観客として理解しやすい形に直している。全体に、一度読んでから、内容を後半から前半にさかのぼると理解しやすい。

(1)前提

この本の内容にはいくつか前提があって、

  • ストレートプレイが対象(客席がない前提のリアリズム芝居を提唱した人ですし)
  • すでに完成した脚本だけを対象にしている、あるいは新作でも稽古開始時点で必ず脚本が最後まで出来上がっている
  • 役者は劇場付きで、すでに上演されている芝居に出演しながら、新しい芝居の稽古期間が10ヶ月取れる
  • 時期によって書いていることが違って、初期ほど心理面に重点を置いて、後期ほど行動面に重点を置いている(訳者あとがきでも注意されていたので、途中で本屋で探して「スタニスラフスキー入門」も買った)

あたりを承知していないと、疑問が出てくる箇所がある。

(2)全体構成

まず芝居は次のような構成でできている。

 

  • 究極課題
    1. 状況A
      1. 課題a
        1. 台詞1
        2. 台詞2
        3. 台詞3
        4. ...
      2. 課題b
      3. 課題c
      4. ...
    2. 状況B
    3. 状況C
    4. ...

テーマと言っても何と呼んでもいいけど、芝居には表現したい究極の課題がある。それを構成するためにいくつかの状況が絡み合って用意されている。そして状況はいくつかの課題から構成されていて、その課題を実現するために台詞やト書きが用意されている。大きさとしては、ひとつの場面にひとつまたは複数の課題が含まれるイメージ。

状況や課題が順番に並んでいるように書いたけど、実際にはもっと大小後先が絡まっていたり、複数の状況が課題を決めたりすることもある。文字で書く便宜上、こうやって書いた。あと、場所の都合で台詞と書いたけど、より正確にはには「台詞・ト書き」。あと、台詞は脚本次第だけど、究極課題は演出次第。だから脚本の範囲でいかようにも変わりうる(あるいは強弱をつけ得る)。

で、それに対応する役の構成がある。

  • 役作り
    1. 背景A
      1. 動機a
        1. 行動1
        2. 行動2
        3. 行動3
        4. ...
      2. 動機b
      3. 動機c
      4. ...
    2. 背景B
    3. 背景C
    4. ...

行動というのが、しゃべったり、動いたり、考えたり、何かしら肉体的または心理的に演じること。その背後にはそういう行動をとった動機がある。で、役の人物がそういう動機に至った背景がある。それらをひっくるめて、役作りになる。

行動は、ひとつの動機に基づいてひとつの行動になることも、複数の行動になることもある。あと、「直前の行動」が「直後の動機」になって「直後の行動」を引起すという関係にもなる。背景は、劇中のイベントや人間関係だけでなく、その役の人物がそれまで生きてきた人生とか、その時代背景とか、いろいろな背景がある。だからA、B、...と書いた背景には、いろいろな種類の背景の断片が含まれる。

これらを対応づけるとこんな感じになる。この対応付けが役者の数だけある。もっと言えばスタッフの数もあるけど、この本ではあまり言及していないので割愛。でも同じ理屈で説明できる。

  • 究極課題 <-------------------> 役作り
    1. 状況A <----------------> 背景A
      1. 課題a <---------> 動機a
        1. 台詞1 <-> 行動1
        2. 台詞2 <-> 行動2
        3. 台詞3 <-> 行動3
        4. ...
      2. 課題b <---------> 動機b
      3. 課題c <---------> 動機c
      4. ...
    2. 状況B <----------------> 背景B
    3. 状況C <----------------> 背景C
    4. ...

これがまずひとつ。

(3)役作り

役作りについては、一貫性が重視される。こういう究極課題で、こういう状況が用意されていて、こういう課題の中であれば、こういう背景の下で、こういう動機になるだろうから、こういう行動になる、という原理で出てくる行動が、役ごとに芝居の最初から最後まで一貫していないといけない。別の言い方をすると、(2)の対応付けを全部埋めることになる。

このときの対応付けの埋め方については、時期によって違う。第三部の2章、5章、6章でそれぞれ、

  • 背景を把握してから動機に至って行動に降りていく
  • 課題を把握してから動機を探って行動に降りていく
  • 行動しながら課題を探って動機を決定する

について書いている。第三部の7章では最後のパターンについて説明している。つまり、どんな順番でもいいからやりやすい方法で対応付けを埋めること。

で、このときの「正解」を決定する基準として役者の「総体的な自己感覚」を採用している。それは次で。

(4)演技

第二部の13章に図がある。これだけ役作りの話があるけど、本当によい演技(行動)は無意識の領域から来るとしている。スタニスラフスキー・システムはその無意識の領域のものを、意識の領域に浮かび上がらせるための予備作業という位置づけ。それらは

  • 知性、意思、感情

あるいは

  • 観念、判断、意思-感情

の3つの働きを組合せることで実現できる。これは同じ内容の分類を少し変えたもので、その人の好みでどちらを採用してもよい。

この「知性、意思、感情」あるいは「観念、判断、意思-感情」の3つにどうやって刺激を与えて働かせるか、それが注意だったりテンポだったり交流だったり(以下略、第二部12章までに書かれたいろいろな項目)だが、大まかにまとめると「内的(心理的)な感覚」への刺激と「外的(肉体的)な感覚」への刺激になる。これらを総称して「総体的な自己感覚」としている。

このときに注意しないといけないのは、無意識からの行動をよしとしつつも、「役になりきる」という状態を戒めていること。役としての主観と、その役を演じる役者としての客観を両方もたないといけない。役はその時点での演技でも、役者は芝居の最後まで見通してその場面の課題にふさわしい演技(行動)をすることが求められる。あくまでも、役者本人がその役の役作りの前提に置かれて場面で行動することになったときに、どういう行動をするかが問われる。

技術については、その必要性を認めている。たとえば具体的には発声とか。でも型にはまった演技、紋切り型の職人芸、ある感情を決まった肉体的行動で表現することをとても嫌う。何度演じても、程度の差はあれ、そのつど新鮮な感覚がないといけない、その新鮮な感覚を呼びおこすための、いろいろな刺激方法も説明している。

その新鮮な感覚のいろいろ(行動と動機の詳細)について、おもに第一部で説明している。

(5)感想
「芝居の面白さをもっと分析的にわかるようになりたい」というのが読んだ動機だけど、おかげで「どこが面白いのか」が何となくわかるようになった、と思う。ここから先は雑感。

  • 役者のことを書いても、結果として脚本や演出にも言及することになる。つまり全体を把握しないといけない。それは正しいと思う。
  • この路線を突き詰めた場合、どれだけ役作りが優れていても、演技については「その人自身が魅力的かどうか」ですべて決まってしまうのではないか。でもそれは、案外正しい気もする。
  • ないわけではないけど、役と役(役者と役者)とのインタラクションに関する記述が少ない気がする。それは演出の範囲と言ってしまえばそうかもしれないけど、でも具体的には役者の領分だと思う。「聴く」とか。それに脚本全体の読み解きに関する内容も、役作りに比べて少ない。だから役者を目指す人が読む場合は、書かれていることだけでなく、書かれていないこともたくさんあるという注意が必要。これは、第三部の訳者あとがきに書かれている、役者としては優秀でも演出家としては優秀ではなかったというスタニスラフスキーの限界なんだろう。
  • 役作りの、対応付けの埋め方を決めたのがメソッドなんだろうと想像する。理想論を言えば課題、動機、行動の順番で進めたほうがいいと思う。なぜなら脚本に基づいて進められるので共通の基準を対象に議論できるから。でもそれは脚本が完成していて議論できるだけの稽古期間が取れる場合の理想論か。
  • 日本の小劇場でそんな細やかな稽古が行なわれているとは思われないのに、それでも魅力的な役者が出てくるのはなぜかというのも疑問のひとつだったけど、今回わかった。お互いに付合いの長い脚本家兼演出家と役者とが、その付合いで育まれた「相手の性格に対するあて書き、あて演出」「相手の性格や言葉遣いから求められていることを察する理解力」が、対応付けの大部分を埋められることがあるからだ。それが繰返しはまった場合に、脚本に書かないといけないこと、演出が決めないといけないこと、役者がやらないといけないことが、なんとなく会得されて、育つんだ。
  • 見巧者は、観ながらリアルタイムでこの対応付けを構築しつつ良し悪しを判定できる人。(よい)批評家は、この対応付けを構築した上で、どこがよくて、悪いところはどう直せばよいかを指摘できる人。少なくとも、そうとも定義できる。
  • 観客は芝居の粗を探すが役者は芝居のよいところを探さなければならない、って書かれていた箇所は苦笑いした。俺のことか。でも総合的に観てつまらないと思えばその感想に正直に従うのは観客の「義務」だと思う。無理にありがたがって、つまらないという感想を持ったものを面白いと思い込むのはよくない。
  • 芸術は復讐すると何度も書かれていて、これは面白い考えだったので、いつか掘下げたい。

(6)おまけ:考えられる失敗
対応付けがどこまでできているかが芝居の厚みを決定付けると思うんだけど、あの対応付けに基づいて、失敗するパターンもいくつか分類できると思う。以下に思いついた失敗パターンを挙げてみる。

まずは役者。

  • 大根:演技(行動)が下手なこと
  • 一貫性の欠如:その役のやっていることが支離滅裂に見えて同一人物とは思えないこと
  • 過ぎたる、及ばざる:動機に対して過剰または過少な演技(行動)で動機が伝わらないこと
  • 場違い:その場で求められる課題に応えていないこと
  • 独りよがり:他の役とのインタラクションを無視して浮いた演技(行動)をとること

次に演出家。

  • 意味不明:究極課題が曖昧で何がやりたいのかよくわからないこと
  • 設定ミス:脚本からはありえない究極課題を設定してしまうこと
  • 分割ミス:間違った状況の分割をした演出プランを立ててしまうこと
  • スター主義:特定の役者を引立てようとして脚本の構成を歪ませること
  • 間延び:役者の演技(行動)や役者同士のインタラクションをコントロールできずに流れや勢いを作れないこと
  • 読み違い:必要とされる役者の役作りを見誤ること

ついでに脚本家。

  • 背景不足、背景過剰:役者や演出家が想像するための背景情報が不足していること、または盛りこめないほど過剰なこと
  • 動機不足:一貫性の欠如と同じ
  • 関連不足:状況や課題の対応付けがきれいに分かれすぎていて芝居の奥行きに欠ける(たぶん対応付けが混乱するほど多い分には構わないはず)

とりあえずこのくらい。

(7)改めて感想

書いたらすっきりした。あとはこの枠組みを更新していくことで面白さの分析もできるようになることを期待。

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2010年7月30日 (金)

さいたまゴールド・シアターは500日にして成る

本屋で暇つぶしの本を探していたら見つけたのが「蜷川幸雄と『さいたまゴールド・シアター』の500日」という本。いつも平田オリザばっかりじゃつまらないからたまには蜷川幸雄でもと思って、読んでみたらこれが面白い。

一度だけ観た「アンドゥ家の一夜」の観劇録には「蜷川幸雄が相当鍛えたのではないかと推察されます」なんて書きましたが、やっぱり鍛えたようで、しかも発声やダンスも専門家を呼んでトレーニングしていたようです。

意地の悪いことを言えば、年寄の冷水はどうでもよくて、観て面白いかどうかが観客にとっては一番大事なわけですが、それを最も承知していたのも蜷川幸雄で、観賞に堪えうる水準に持って行くまでにそれこそ身を削るような努力をしています。初の本公演を前に
「精神安定剤飲んでる。家に帰るとぶっ倒れてる。ぼくより年齢が上の人もいる。でも思わず罵倒の言葉を口走る。ずいぶん自分では抑えているつもりなんだけど。大変ですよ」
というくだりは、こちらが手に汗を握ります。

あと、マスコミの取上げかたや行政のバックアップについても、あんなに関心を払って感謝しているのは、失礼ながら意外だった。でもこちらのインタビュー記事では
お客さんに観てもらわないことには演劇は始まらない。たとえば(自分が芸術監督を務めている)彩の国さいたま芸術劇場なんて都心から離れているわけで、相当の発信力がないとお客さんには来てもらえないんだよね。(中略)俳優、演出、ドラマ全体、それぞれが見たい人がいるんだから、それぞれにアプローチできるものにしなくちゃいけないとはいつも考えてる。チラシのデザインだってそのひとつだよね。つまり演劇が持ってるいろんな要素の中の、せめて3つぐらいは話題になるものを打ち出していかないとお客さんは足を運んでくれないよね
と話しているくらいなので、やはり長くトップを張る人はいろんな面にまで気を配れないといけないのだな、と改めて発見する。

ついでにいうと、さいたまゴールド・シアターは、家庭の事情はいろいろあれど、経済的には比較的余裕がある。でも(だからこそ?)熱意はすごい。この本を読んだ後に、インタビュー記事の前編を読むと、若者負けてるよ、って思う。努力が足りないと判断した人を減らすのは、税金を使って運営している以上、それは正しい。

ただ、蜷川幸雄が今の時代に日本の若者だったら、果たして世に出られただろうかとも思う。減らしたのはいいけど、減らされた人たちのことは、ほんの少しでいいから、暖かく見てあげてほしい。

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2009年10月 4日 (日)

北村明子「だから演劇は面白い!」を読んだ

以前読んだ「僕と演劇と遊眠社」の続きってことは全くないんですけど、北村明子の「だから演劇は面白い!」を読みました。

前者と違って、こちらはもっと制作に近い話。実作業というより、制作の心構え集みたいなもんでしょうか。名刺入れを置いていかせるなんて序の口です。
私はすべてにおいて飽きっぽく、決まり事は退屈で仕方ないと感じる人間です。子どものころに習った日本舞踊もバレエもピアノもすぐにやめてしまいました。結婚も「ダメ」と思った瞬間にやめて、恋愛もどんなに好きでも飽きてしまったら終わり。役者をやめたのも"(出演依頼を)待つ"役者の宿命そのものに飽きたのだと思います。
話の展開上しょうがないですが、高萩宏氏の本で省略されていた部分、遊眠社の制作を担当するようになったのは前任者(高萩氏の本から読取ると、高萩氏の後任者)が途中で投げ出してしまったから、ということも書いてありますし、野田地図の初回公演(キル)で主演女優を交代してもらった話も載っています。こんないさぎよい人にはかないません。このくらいでないと務まらないのでしょう。

そんな北村氏にして圧倒的な成功体験と言わしめたのが「人形の家」だそうで、それに立会えた私は幸運でした。

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2009年8月18日 (火)

高萩宏「僕と演劇と遊眠社」を読んだ

最近芝居を観にいけないので、ってわけでもないですけど、「僕と演劇と遊眠社」を読みました。

野田秀樹が怪我をする2章の途中まではどきどきしながら読んだんですけど、それ以降の醒めた感じがなんとも。関係者が現役で、今の仕事にも関係してくるってあたりで率直な物言いは控えることになりますが、それにしても控えめです。

2冊連続で「一勝九敗」も読んだんですけど、こちらの控えめにしようとしても控えめにならないパワフルさと比べると、「高萩は金に淡白すぎる」と野田秀樹に言われるだけのことはあります。途中から遊眠社の映像放送部に参加した北村明子の「名刺入れを置いていかせる」現実全快っぷりと比べても、高萩氏は現場寄りの仕事より、仕組作りの仕事というか、「(お金と才能と場所を)組み合わせる技術」が生かせる仕事のほうが向いている、というのがひしひし伝わってきます。

職業制作者としては日本で有数のパイオニアなんでしょうけど、その人にしてなお、さらなるパイオニアの助けを借りて、それでも七転八倒しながら、後悔に後ろ髪をひかれながらやってきたという絶叫のような本です。自分の選んだ道を進むというのはこういうことだ、と一喝するような。

岩松了とかKERAあたりが、これを芝居に仕立ててくれると面白いんですけど。しかも現役の役者を出演者に起用してくれるともっと面白い。無理ですけど。

以下箇条書きで感想など。

・才能ある野田秀樹との比較とはいえ、自分に演出の才能がないことがわかってあっさり引下がる点で、淡白ですよね。It's none of your businessが心の支えになるという点で、芸術家になるには合理的すぎる人だったんでしょう。
・なんかこういうチョンボが起きることもわかる気がする。
・紀伊国屋の洋書部門で働いていたんですね。だからエディンバラ・フェスティバルのときも英語が大丈夫だったのかな? 仕事で英語が必要になるときに苦しむ私からすると羨ましい。さすが東大とは言いたくないけど、さすが。
・間違いに気づいてでも言い出せないあたりに、情けないことですが共感を覚えます。そうはいっても実績がすごいのは承知の上で。
・グローブ座はオープニングから関わっていたんですね。あれも不遇な劇場です。その経験があってこその世田谷パブリックシアターでしょうか。
・世界の広さを味わってしまって、今の仕事が急激に色褪せるという感覚が、わかる気がします。
・ほとんど出てきませんけど、たぶん、奥さんの存在に助けられることが多かったのではないかと推測します。この本を芝居化する場合には(<しつこい)、ぜひ奥さんの存在をクローズアップしてください。

芝居の制作の仕事ではなく、制作者である高萩氏に興味がわく本でした。

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