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2019年11月15日 (金)

□字ック「掬う」シアタートラム

<2019年11月14日(木)夜>

父親が入院しており、ライターの娘が夫と離れて実家に泊まりこんで病院に通っている。母親はすでに離婚して家にはいないが、回復を祈願する母の奇行に巻込まれた兄夫婦はうんざりしている。叔母は介護に奮闘しているが、その娘の従妹はアイドルのコンサートのチケットが取れないことを気に病んでいる。みんな病院から引上げてはこの家に来て介護の愚痴をこぼす。そんなある日、父の知合いだという女子高生と高校時代の友人が転がり込んでくる。

劇団初見。声や音響にこだわりがありそうな印象だが、ちょっと疲れた状態で観に行ってしまったのでそれが裏目に。騒がしい場面のテンションの高さや場面転換中の音響が身体に堪える。そんな中でもこのテンションなら観られるという線を維持していたのは叔母役の千葉雅子や兄嫁役の馬渕英里何。

唐突にやってきた女子高生や友人を泊めてしまうところは演劇的な展開として受入れるとしても、家族の話といいつつ主人公の話からあまり飛ばないところが残念だし、その主人公を含めて登場人物の生活感が希薄。主人公からしてライター(小説家だったか?)の仕事をしている気配がない。何より登場人物の感情の描き方がしつこい。深いのでもなく濃いのでもなく、くどい。シアタートラムでこの値段を取るからには、より的確な台詞と適切な情報の出し方で磨き上げられた脚本を望む。

松竹製作「連獅子」「市松小僧の女」歌舞伎座

<2019年11月13日(水)夜>

長い毛を振る有名なアレ「連獅子」。母の死をきっかけに剣術修行にのめりこみ男の風体でごろつきもあしらう裕福な商家の娘が、後妻の娘との跡継ぎ問題に嫌気がさして乳母を頼って家出した先で見かけた乱暴者「市松小僧の女」。

「連獅子」は有名だけど初見。霊山を舞台に、獅子は子を千尋の谷に突き落とす、というのを模した踊りらしい。その突き落とした後に、霊山の頂上を目指す修行僧の軽いコメディが挟まって、獅子の精になった親子が舞って長い毛を振る、と調べると一応舞台設定があった。幸四郎と染五郎を目当てにきた客の、萬太郎と亀鶴演じる修行僧が出てきたときの誰だお前感がすごかった。自分もそうだった。毛振りを観るのが目当てだからしょうがない。でもそこからちゃんと笑いを取って馴染んでいた。最後は遠めにも綺麗な毛を激しく振ったのが観られて満足。染五郎が赤で幸四郎が白。踊りは染五郎も上手だったと思うけど、並んで踊ると幸四郎の動作に余裕と安定があるのがわかって、勉強になる。

「市松小僧の女」は池波正太郎脚本ということで見物。それにしては展開がぶつ切りで滑らかでなく、起承転結というより起転転転という印象。物語よりは役者へのあて書きがメインだったか。その目で観れば役に似合う役者が演じていた。ただ、道場の兄弟子である同心は、このぶつ切りな脚本の中でも前振りも少なく短い時間で振舞いが変わる役で、演じていた芝翫も苦しんだか、若干浮いていた。

2019年11月11日 (月)

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ドクター・ホフマンのサナトリウム」神奈川芸術劇場ホール

<2019年11月10日(土)夜>

軍に入隊した婚約者と列車で旅行中の女性はうたた寝で見た夢の内容を話しているが、途中駅で止まって食事を買いに降りた婚約者を残して列車が出発してしまい、周囲の乗客が自分の見た夢の続きを話し出す・・・という出だしで始まるカフカの未発表遺稿を見つけた男。祖母はなくなった人形のことを慰めるためにカフカから手紙をもらっていたという。借金で首が回らない男は出版社と交渉しているが、道に迷って遅刻する。なぜか道に迷いやすくなってしまったらしい。

カフカは試しに手にとっても受付けないので全然読んだことがない。なので「カフカズ・ディック」とか「世田谷カフカ」とか、KERAの芝居で観た印象しかない。という前提で、訳のわからないことが起きてはそのまま話が進む、カフカっぽい芝居。大雑把には、渡辺いっけいと大倉孝二がメインの未発表遺稿発見からの話と、多部未華子がメインの遺稿内の話とに分かれて、どちらも不条理な展開が満載。比べると遺稿内の話のほうがより不気味で、それはラスト場面でより鮮明となる。

役者は誰を見ても外れなし。多部未華子もよかったけど、誇張してやっているはずなのに普通に見える渡辺いっけいの演技の謎。そして他の誰よりも格が違うと思わせた麻美れいは、「」のときよりさらに思いっきり上下に広い年齢の役をこなして、しかも奥様役の貫禄の圧巻。スタッフワークはもう素晴らしいの一言で、役者がまずいと逆に損するくらいだけど、役者もきっちりそろえてスタッフワークと相乗効果を出せる役者ばかり。

観てそれなりに面白かった。ただ長い。いろいろ不気味さが加速していく後半と比べて前半は間延びした感あり。前半といっても2時間弱とほぼ1本の芝居の長さで、それでまだ前振り段階の感触だったらそれは間延びも感じる。あとラスト。最近のKERAのインタビューや作風からはわからないでもないけど、あのPAはメッセージが強すぎて、この展開には入れてほしくなかった。

あと製作陣の問題ではないけど、この劇場はなんかスカスカして密度が高まりにくい。改装前の東京芸術劇場中劇場(現プレイハウス)を思い出させる。舞台と客席の距離はそんなに遠くないはずだけど、天井が高すぎるのか、客席の椅子が広すぎるのか、舞台のプロセニアムアーチがなくて上が広すぎるのか。

2019年11月 2日 (土)

世田谷パブリックシアター/エッチビイ企画制作「終わりのない」世田谷パブリックシアター

<2019年11月1日(金)夜>

中学生時代の「事件」から立直れず高校受験に失敗して以来、引きこもりになってしまっている悠理。両親と幼馴染と一緒に湖近くのキャンプに来たが、全員から立て続けに今後の進路を知らされて、気晴らしに湖で泳いだところを溺れてしまった、はずなのだが、目が覚めた場所はまったく見知らぬ場所だった。

オデュッセイアを原典にしたSFと言われて読んだこともないのに身構えていたけれど、終わってみればびっくりするほど直球のメッセージ。まったく見知らぬ場所に飛ばされる以上のイベントがあまりなくて、展開に緩急強弱が少なく、物語が淡々と進む。あと一応前振りはあったけど、飛ばされる設定の説明が後半に、しかも解説調で来てしまったので、若干言い訳がましく聞こえる。それで最後にメッセージが直球で来てしまうので、個人的には厳しかった。このくらい直球でないと今時は駄目なんだろうか。カーテンコールの拍手は刺さった人2に役者のファンで拍手している人3に戸惑った人5くらいの感触。

そこを役者でカバーするかというと、イキウメメンバーは抑え目、特に安井順平のくすぐりを封印して臨み、出ずっぱりの主役とその相手役に舞台経験の少ない若手を当てて、仲村トオルもバイプレーヤーになるという挑戦だらけのキャスティング。結果は村岡希美が孤軍奮闘の感。これがシアタートラムだったらまた印象は違っていたはずだけど、世田谷パブリックシアターの規模ではちょっと届いていないところが目立つ。スタッフワークが、とくに美術、照明、音響がよかっただけに、落差が目立つ。せめて演出でテンポだけでも上げられなかったか。

2019年10月15日 (火)

野田地図「Q」@東京芸術劇場プレイハウス(若干ネタばれあり)

<2019年10月14日(月)昼>

あの悲劇で生き残って30年後、僻地のロミオから都のジュリエットに宛てた手紙。だがそこには何も書かれていなかった。何が書かれたのかを想像して出合った頃を思い返した2人は、あの悲劇で自分たちが死んでしまわないよう過去の自分たちの暴走を改めて止めようとするが・・・。

粗筋読んでもわかりませんね。Queenの音楽でどうなるかと思いましたけど、いつも通りの野田地図です。ただし歌詞が一部内容に反映されていて、近年よくある大きな話につながっていて、現代の風刺になっている。差支えない範囲だと、ロミオが平家、ジュリエットが源氏の対立関係に置換えられていて、いわゆる「ロミオとジュリエット」をやりつつ、他のシェイクスピアもネタにしつつ、若い2人の暴走を止められるかどうか、からその後までいろいろ。最終盤、バックに控えた橋本さとしや羽野晶紀、小松和重のあしらわれ方や伊勢佳世の最後などに、複数のメッセージを凝縮して存分にこめる場面はやっぱり野田秀樹ならでは。ただ、筋の複雑さ以上に個人的にはややすっきりしないところがあり、4人主役というのは野田秀樹をもってしても若干重いのではないかと推測。

役者ではフレッシュ主役の広瀬すずと志尊淳がまったく見劣りしない活躍、特に志尊淳は声よし姿よし身のこなしよしで、これは今後の野田地図3公演以内の再登場を確信させる出来。他に経験組の羽野晶紀はノリがよく、松たか子は実に望ましいタイミングで望ましい演技をしてくれる(そして何もしていないときでも実によい表情)。逆にベテランでも初参加組が控えめで、上川隆也や伊勢佳世が真面目なのは想定内として、橋本さとしや竹中直人がもっと怪しく遊んで拡げられる役のところ、脚本内に収まっていたのはやや不満。小松和重も経験組の割にはあまり遊んでいなかった。休憩はさんで3時間の上演時間が長すぎて野田秀樹が抑えたか。あと今回はコロスの人数がいつもより少なかったけど、いつもより多めの台詞を割振って、見せ場を作りつつ役者陣をシェイプアップするのに一役かっていた。まったく違和感なかったのでもう少し台詞をそちらに振ってもよさそう。

と文句はあるけど、観終われば満足するのはいつものこと。こんなの世界中探しても観られない芝居なので、野田秀樹が元気なうちにできるだけ観ておきましょう。それにしても野田秀樹が毎回放り込んでくる「近年よくある大きな話」がまったくネタに困る様子がなくて、検証されずにふたをされた行為たちの何と多いことかと今さらながらに思う。

ちなみに台風の影響は少なくともここにはなくて、昼の回はいつも通りの当日券100人越えでした。それでも全員立見も含めて入れていたけど、列の進みが遅くて何事かと思ったら座席確認と会計を一人で兼ねていた。窓口の種類が多すぎて場所と人手が足りていなかったのかもしれないけど、100人以上捌くのにそんなダサいことは止めてもらって、座席確認と会計を分離してほしい。そこまで並びたくない人は夜の回のほうが人数少なかったです。

<2019年10月15日(火)追記>

「A Night At The Kabuki」と副題にあって意味不明でしたけど、あれ、冒頭の場面は「俊寛」でしたね。何か観たことがあるとは思ったけど忘れていました。ということは、他の場面でもシェイクスピア以外にも、歌舞伎からの引用で構成された場面があるかもしれません。私の知識では追えないので誰か詳しい人が後で引用元をまとめてくれることを期待します。

2019年10月 7日 (月)

風姿花伝プロデュース「終夜」シアター風姿花伝

<2019年10月5日(土)夜>

夫の母の葬式から骨壷と共に戻ってきた夫婦。夫婦は娘が一人いるが、夫は離婚した前妻との間にも娘がおり、その娘からの電話をきっかけにいつもの喧嘩が始まる。やがて夜が遅いからと弟夫婦が泊まりに来るが、仲の良くない兄弟で喧嘩が始まり、また弟夫婦の間でも言い争いが始まる。お互いが溜めていた言葉がほとばしり出て止まない一晩の話。

公式では4時間半だったのが劇場案内では3時間50分となり実測は休憩2回を挟んで3時間40分。攻守ところを変えてひたすら言い争いが続く、一言でまとめると「それを言っちゃあおしまいよ」を言ってしまう芝居。少し笑える場面もあるけど、シリアスというか伝わらないとか諦めとか絶望とかそういう言葉が似合う場面がほとんど。これでよく芝居が続くなと思うところを続けられるのは役者スタッフが一丸になった賜物。

4人それぞれの役が抱える問題は、どことなく日本でも同じ問題を抱える人がいそうなもの。そこで、岡本健一にくたびれた中年役を、栗田桃子がエキセントリックな役を、それぞれ振るのが意外で、これがまた上手い。栗田桃子は当面の代表作になるかという出来。那須佐代子はだんだんはじけていく、やっていて美味しい役ではないかと想像していたらその通りだった。そもそも少人数芝居だから脇役を用意する余裕はないのだけど、プロデュース公演ではちゃんといい役が用意されている芝居を選びますねこの人は(笑)、というのを差引いても上手で、過去に観たいろいろな芝居とも違う役を造形。ちょっともったいなかったのが斉藤直樹で、後半に道化的な演技が目立って、多少息抜きがほしかったのだと推測するけど、この脚本と芝居なら4人全員シリアスで押し切ってもよかったんじゃないか。とは思うけど、表に出たり秘めたりしている熱量が4人とも激しくて、それでこそ成立する芝居を見せてもらった。

スタッフワークがまた素晴らしくて、黒一色の素通し舞台に葬式の写真を思わせる黒縁をもうけて、葬式帰りという設定で黒い衣装メイン。そこに影を多く作る照明と、ほぼ効果音だけの音響。すごいしっくり来た。やっかいな言い争いを上手に整理して、スタッフワークと統合させた上村聡史の手腕が凄い。

華やかな演技や演出は一切なし、その代わり質は保証、夫婦生活を長く続けて酸いも甘いもかみ分けた大人向け。そういう芝居。前売売切の回でも当日券は用意されていて、角度はさておき見切れは全然ない至近距離の舞台なので、我こそはという人は是非。

2019年9月20日 (金)

こまつ座「日の浦姫物語」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

<2019年9月19日(水)夜>

夫婦子連れの説教聖が語るのは日の浦姫の物語。平安時代の奥州の豊かな庄。都から迎えた妻を愛する領主との間に双子の兄妹が生まれたが、産後の肥立ちが悪く妻は亡くなってしまう。そこから15年後、双子は順調に育ったが領主である父が亡くなる。その葬儀の晩、仲の良かった双子は交わり、妹である日の浦姫は身ごもってしまう。領主の弟の宗親は、兄を都へ遠ざけ妹を引取るが、兄は都への道中で亡くなり妹は元気な子を産む。このままではいけないと宗親は産まれた子を海に流すことに決める。

ちなみにここまでで前半。その後で助かった子が無事に育ち、というのが後半で、近親相姦モノというのはチラシからなにからネタばれだから書いていいとして、問題は仕上がり。説教聖夫婦の辻萬長と毬谷友子はいいとして、他の役者はエネルギー不足。特に前半は、収録用のカメラに合せて演技したかというくらい声に元気がなかった。初期の井上ひさしらしく、近親相姦という危ない設定と笑える台詞が同居した脚本で、それを御す勢いと切替が大事なはずだけど、そこも曖昧に進めて、笑うところで笑えず泣くところで笑いが起きる始末。最後の数場面で思い切り話が進むのでそこで少し持ち直したか、くらい。中日も過ぎてこの出来は、本当に鵜山仁が演出したのか疑われる。がっかりの一言。

鵺的「悪魔を汚せ」サンモールスタジオ

<2019年9月15日(日)夜>

とある製薬会社の創業者一族。痴呆で寝たきりになっている会長を筆頭に家族間で憎みあったり軽蔑しあったりしているが異様にプライドは高く、嫁や婿に入ったものたちの肩身は狭い。長女の3人の子供たちはそんな状況をそれぞれ皮肉な目で眺めている。殺された猫の死骸が庭に放置されていた日を境に、その状況がさらに加速していく。

金田一耕助も警部も出てこない金田一耕助モノという印象。後味悪い系の劇団だと思っていたけど、後味どころか最初から最後まで酷い場面の続く芝居だった。ただそれが続きすぎて麻痺したのと、一番悪い役の末孫娘がカラっと演じられていたのとがあって、どこまで狙ったかはわからないけど全体には内容ほど酷い印象を受けないで観られた。

役者の中では、唯一家族外の登場人物である総務部長役を演じた池田ヒトシを、選んだキャスティング手腕ともどもメモしておく。こういう役にこういう役者をキャスティングすることが芝居の厚みになる好例。もったいなかったのが2つあって、設定ではこの規模の家なら使用人がいそうなものなのにいなかったこと。名前だけでも出していればよかったのにと思う。あと脚本で、ラストがちょっと長くて間を持たせるのが難しかったところ。

でも全体には今時こんな小劇場らしい勢いの芝居がまだできたんだという好印象。これだけ酷い場面の続く芝居ができるのは、当日パンフにもあったけど、若さならでは。再演とはいえあの狭い劇場に目一杯建て込んで襖を二重にした美術や、最後にロビーまで漏れるくらい大量に煙を出した照明などのスタッフワークにもある種の若さを感じる。劇団(というか演劇ユニット)としていいタイミングの上演だったと思う。

2019年9月19日 (木)

シス・カンパニー企画製作「死と乙女」シアタートラム

<2019年9月15日(日)昼>

独裁政権崩壊後。弁護士のジェラルドは反体制派だった実績を買われて旧政権の犯罪を調べる調査委員会の一員に任命される。その帰宅途中、タイヤがパンクして偶然通りかかった医師のロベルトに送り届けてもらう。ところがその声を聞いたジェラルドの妻ポーリーナはおびえだす。ロベルトが帰り夫婦の相談も終わった深夜、ジェラルドが調査委員会に任命されることを訊いたロベルトが戻ってきてお祝いを述べる。ジェラルドは遅いから泊まっていくように勧めるが、2人が寝静まった後にポーリーナはある行動を開始する。

ドイツ芝居だと思っていたらチリ芝居だった。チリという単語は出てこなかったけど、脚本家が独裁政権時代のチリで過ごした経験を元に書いたとのこと。雑に要約すると、かつて酷い経験をして復讐を誓っている人間が、その復讐を行なうことが次の酷い経験を生み出す状況におかれて、復讐を行なうことは是か非かという3人芝居。大人の芝居だけど若干バランスが悪い。

役者は宮沢りえが全力をぶつける仕上がりで、全力が素晴らしすぎて他の2人が負けている。あれでは2人がかりでも止められないので、そこを宮沢りえを矯めずに調整する道を探してほしかった。あとこれだけの芝居なのに演劇的爽快感にやや欠けていて、観客を結論に誘導するための演出が入っているような作為的な印象を受けた。たぶん段田安則の役作りに起因すると思う。演劇で作為的もへったくれもないのだけど、3人がぎりぎりで戦えば後は何とかなる脚本だったので、中途半端なリアリティよりもエネルギーや欲求のぶつけ合いを優先してほしかった。

散々ケチをつけているけど、観終わったらしばらく頭がぼうっとするくらいのラインは軽く超えている芝居。これで1時間半。海外の芝居は短時間で密度の濃い芝居が結構ある。今回の芝居は独裁政権崩壊という事実の前提があるけど、それにしても1時間半でここまで濃い芝居を日本で見つけるのは難しい。日本が舞台だと一見平穏な雰囲気の構築が重要だから時間がかかるというのはあるけど、それにしてももう少しこういう芝居があってもよさそうなのに。

2019年9月17日 (火)

ホリプロ/フジテレビジョン主催「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」世田谷パブリックシアター

<2019年9月14日(土)夜>

シャーロック・ホームズがワトソンとベーカー街に居を構えてから1ヶ月。スコットランドヤードのレストレード警部はホームズの才能を借りようとするが、本人からクイズを出されて追返される始末。そこに突然やってきて気絶した女性。目を覚ましてから事情を聞くと男に追われていたという。女性の話に観察結果と矛盾する点もあるのを気にしながら出かけたホームズだったが、その事件の裏には・・・。

原作の不明点を突いて架空の設定を仕立てる点、熱心なファンほどニヤニヤするように原作からいろいろ設定を借りつつホームズを知らない人でも楽しめる点、でも原作と矛盾が生じないようにつじつまを合せる点、謎解きは用意するけどそこに入りこまないで喜劇をメインに据える点、いずれも二次創作としてかくあってほしいポイントを抑える三谷幸喜の腕前はさすがファンというだけのことはある。原作を全部読んだことがある身としては満足。

そしていい役者をそろえるのも腕前のうちの三谷幸喜で、全員楽しめる。横田栄司のマイクロフト・ホームズがよかったのは事前の想像通りだったけど、八木亜希子のミセス・ワトスンがかなりよかったのは想像外だった。ハドスン夫人のはいだしょうこを差置いて歌ったりもするけど、それも(略)。むしろ柿澤勇人のシャーロック・ホームズが一番似ていないと思いながら観ていたけど、カーテンコールを観たらシャーロック・ホームズだった。いじけたり退屈したりする場面の多い役だったけど、あれはもっとシャンとした立姿の場面を多めに用意するべきだった。話としてそうなるのはやむを得ないけど、そこだけはもったいない。

チケットはいい値段だけど、いい値段分なだけきっちり楽しませてくれる。こういう芝居がもう少し増えたりロングランしてくれたりすると、客の選択肢が広がっていいのだけど、難しいか。