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2023年1月 9日 (月)

National Theater Live「レオポルトシュタット」

<2023年1月9日(月)昼>

オーストリアに住むユダヤ人の家族。迫害から逃れて暮らすウィーンで長男がキリスト教に改宗してまで努力して成功者になったメルツ家と、父母は田舎に暮らすが子供たちがウィーンに出てきてメルツ家の長女と縁戚関係になったヤコホヴィッツ家。交流の多い両家が、メルツ家でクリスマスを祝う1899年から、1900年、1924年、1938年、1955年を通じて、一族の歴史を辿る。

舞台収録を映画館の鑑賞に堪えるように映像化したNational Theatre Live。日本公演を先に観ていたのが予習になって、展開を追う以上の余裕を持って観られました。場面ごとに子供の役者が大人の役者に交代することは、外国人の顔をそこまで細かく見分けられないと割りきって最初から見た目で追うのを諦めたら話に入れました。

で、やっぱり当事者としてユダヤ人の歴史に関係している本場は強かったです。超がつくオーソドックスなストレートプレイで何なら日本公演とほとんど変わらない演出でしたけど、声に迷いがありません。特に序盤の言い争いが力強い。座組全体で脚本の理解と演出の方向決めが揃った仕上がりでした。がっちり仕上がりすぎて観終わった後に少し気分が悪くなりました。

海外贔屓でためにするということではなく、ユダヤ人問題はやっぱり日本人には縁が遠いという話です。

今回観て気がついたことをいくつか。

現地演出だと場面転換で当時の写真をスクリーンに大量に映すのですけど、現実にもこういう出来事があったんだと伝えるのと同時に、あれだけ大量の写真を入手できるあたりが舞台となった本場だなということ。

最後に家系図を伝えるところが、1幕最初のエミリアのアルバムの写真に写る人物の名前を忘れてしまうという話とつながっていること。これは日本公演でも気がつくべきでした。ちなみに家系図も何回かスクリーンに映す演出です。

あとヘルマンは時間が経つごとにはっきりと態度を変える演技で、これが日本公演と一番印象の違う役でした。最初の立派な押出しから、妻の浮気相手を前にして怯んでウィーン社会に幻滅してしまうところ、そして最後に息子をアーリア人にするためにかつての妻の浮気相手に大金を払って一筆もぎ取っておいたことを自慢気に言うところ。おそらくこの一筆もぎ取っておくあたりが、良くも悪くもユダヤ人はしたたかだというのが現地の理解で、でもそう振舞うところに押しやったのは浮気相手の将校で、みたいな連想を誘う演技でした。

逆に日本公演で良かったのは、ナチスの将校がアルバムを踏みつける場面ですね。あれはあの場の力関係以上のユダヤ人の立場を表す象徴的な演出でした。現地だとそこまでやるとくどくなるのかもしれませんが、日本人の自分にはわかりやすかった。

笑える場面はほとんどないのでこれから観に行く人は体調万全で臨んでください。休憩なしなのでその点も注意。

2022年6月26日 (日)

National Theatre Live 2021「リーマン・トリロジー」(2回目)

<2022年6月26日(日)昼>

おかわり

1日1回上映ということもあってか、土曜日は前売完売でした。この日も最前列端以外は埋まっていました。この映画館は2スクリーンしかないのに、4時間コースの上映を突っ込んでくれたわけですが、この週末の興行については報われたかと。

前回は字幕を追って台詞がほとんど耳に入っていなかったので、今回はなるべく英語の台詞を、調子だけでもと聴いてみました。やっぱり普通の英語じゃないですね。英語素人が聴いてもわかるくらい、口語でなく文章っぽい、それも凝った文章っぽい英語でした。つまり詩ですね。

そしてツイストからのラスト、2度目だけど前回よりも諸行無常を感じざるを得ない。こういう感覚は西洋にもあるんだなと今さら思いました。

見直せたので悔いはない。すっきりしました。

2022年6月13日 (月)

National Theatre Live 2021「リーマン・トリロジー」

<2022年6月11日(土)夜>

19世紀半ば、ドイツからアメリカに移民してきたヘンリー・リーマンと、後を追ってやってきた2人の弟。南部に店を構えて、生地を扱う店から綿を農場から工場に売る卸に、さらにニューヨークに進出して綿取引を手がけたところから商売を広げて金融機関になり、21世紀に破綻するまでのリーマン一族とリーマン・ブラザーズの経営を描く。

舞台収録を映画館の鑑賞に堪えるように映像化したNational Theatre Live。知っていたけど観たのは初めて。2019年にロンドンで上演されたものだけど、芝居の面白さと映像化の上手さと、両方にびっくりした。

そもそも書籍が日本語翻訳されて、面白いらしいと評判を見かけたのが「リーマン・トリロジー」を知った最初。本屋で手に取ったら2段組みで辞書みたいな分厚さ、しかも全部3行ずつ書いてあって、トリロジーだからそういう形式なのか、さすがに無理だとその時は手を引いた。そのあとでNational Theatre Liveがあるのを知ったけど、観に行ける範囲の上映は終わったあと。さらに評判を見かけてうわーもったいないと思っていたら今回リバイバル上演ということでようやく観られた。「トニー賞ノミネート記念」らしい。

今回の特別上映は、ブロードウェイ版「リーマン・トリロジー」に出演したアダム・ゴドリー、サイモン・ラッセル・ビール、エイドリアン・レスターの3人が今年、それぞれにトニー賞の主演男優賞にノミネートされたことを記念して行われるもの。なおこのたび上映されるのはロンドンで上演されたオリジナル版となり、レスター役をベン・マイルズが演じている。

それで知ったのは、原作はイタリアのラジオドラマで9時間あったということ。そりゃ2段組みで辞書みたいな分厚さになる。そこから芝居用に再構築しても、1幕1時間強、2回休憩を挟んで3時間40分の超大作になるのはしょうがない。

で、舞台美術があって役者がいて、芝居っぽい場面も当然あるけど、どちらかというと動きながら詩を朗読していると表現したほうが近い。創業者である3人兄弟がアメリカに移民してきたところから始まる3世代を3幕で描く壮大な物語で、そういうところもトリロジーなんだろうけど、これをおっさん3人だけで演じるのがまたすごい。

ひとり複数役が特別に珍しいというわけでもないけど、とにかく常に誰かがしゃべっている。しかも一度台詞担当になると長い。なのに普通に見えて、こちらも普通に観ていられる。途中でようやく、これはハイレベルすぎて普通に見えるんだと気が付く始末。芝居っ気が混じっても朗読要素が多いので、よほど台詞をしっかり言えないとこの長時間は持たない。日本だと橋爪功クラス。それが3人。

これで描かれる話が、やっぱり面白い。生地から日用品に取扱いを増やす、火事になった農園を助ける代わりに収穫される綿で支払を求める、綿のまま取引するのが儲かるなら他の農園にも取引を広げる、と機を見るに敏な商売人の魂。なのに、というかだからこそ、耳元を冷たい風が吹いて自分の時代が終わったことを悟ってしまい次世代に席を譲る時。その代替わりを経て堅実な現物商売から金融取引に移行する過程。「我々にとっての小麦は金です」とかしびれる台詞。物語の強度に役者のレベルがつりあって、それを生かす最低限の美術と音楽。字幕も字数短く抑えて読みやすかったけど、英語がわかる人が観たらもっと楽しかったんだろうなと思うとちょっと悔しい。

映像化の違和感が全然ないところもすごかった。テレビで舞台映像を観るときにいつも残念なのが音声で、ホールの遠くから録音している感じが劇場とは違いすぎるところ。これが今回、劇場で生の役者を観ているのと同じくらい違和感がなかった。実際には劇場よりもクリアで、音声の録音がクリアなのは理由のひとつ。だけど、おそらく役者ごとに録音した音声を、場面ごとに役者のいる位置から聴こえるように音声の位置を合せていたんじゃないかな。テレビよりも映画館だから合せやすいだろうとは思うけど、そこまでやったらその分の手間は当然かかっているわけで、どうだったんだろう。少なくとも臨場感のある音声だった。ほとんど意識しないで聴ける音声はすごい。

上映時間が普通の映画の倍のせいか、入場券が3000円だったけど、惜しくない。やればここまでできるんだぜとハイレベルな仕事ぶりを見せられて堪能した1本。大満足。

<2022年6月14日(火)追記>

全面改訂。

2020年5月 6日 (水)

12人の優しい日本人を読む会「12人の優しい日本人」YouTube

<2020年5月6日>

殺人事件の裁判の陪審員として集められた12人。審理に入って採決したら全員無罪を選ぶ。だがその結果に納得いかない1人が有罪に意見を変える。話し合おうという1人にほかの11人が様々な情報をぶつけていくなかで新たな発見が出てきて、陪審員たちの気持ちが揺らぐ。

「12人の怒れる男」を元にした三谷幸喜の名作芝居。今回は東京サンシャインボーイズ時代と同じ出演者を極力集めて、自宅からZoomで参加する企画。最初はライブと言って宣伝していたので見逃したと思ったら、(少なくとも)5月中はアーカイブを残すとのことで、追っかけて観られた。こちらから辿れます。無料です。

どうせネットで観るなら、舞台を撮影したものよりネット向けに企画されたほうがいいと思っていたところに見かけた企画だったので、どんな感じかと挑戦。自分が観たことがあるのは2005年のPARCO劇場版だけど、今回のキャスティングはWikipediaによると3演目に沿っている。演出に冨坂友を立てて、一応リーディングとは言っていたけど、台本は(あったとしても)見えない。登場人物が同じ部屋にいる設定で、投票用紙や地図など最低限の小道具は用意して、やり取りしているように見せるスタイル。途中、声の大きさが変わるところがあったけど、なにしろ元の脚本がよくできているので、多少のデコボコはあっても最後まで観られた。

内容は、無料だしまあ観てください、って感じなので、今回の企画の感想を順不同に。よかったところ。

・もっとネットワーク環境がグズグズになると想像していたけど、ほぼ大丈夫だった。これは時間帯が影響しているかもしれない。

・思ったより違和感がなかった。これはほぼ座った状態で進む会話劇を選んだところが肝。途中の喧嘩の場面に振りをつけていたけど、ああいう場面が難しい。

・後編は遅れてライブの時間内に観たけど、チャットは切った。私にはチャットのスクロールが目障りだった。

・団体名というか、上演団体企画名くらいはつけてほしい。付いていたのに気が付いていなかったので直しました。

・稽古期間がどのくらいだったかわからないけど、経験者と芸達者がそろって、やっぱり上手。特に声の距離感は、調整してきた感がある。

・元は2時間の芝居を前後半に分けたのは正解だった。2時間連続の視聴はきつい。前半は出だしで説明があるため1時間28分あるのだけど、最後10分くらいはダレた。たぶんこのスタイルだと連続は1時間が限界で、15分から30分くらいがちょうどよさそう。きちんと撮影された映像とはやはり違う。

・カメラ内に収まるように動きやカメラ位置も調整した感がある。挙手のところがいい感じ。

・ログインメンバーの名前に1号とか2号とかついているのが、今回の企画だとむしろ親切。ないと困る(後述)。

ここはなんとかならなかったというところ。次回があるなら対応を検討してほしい。

・Zoomの機能で自動的にログインメンバーの並びを変えられてしまうこと。本当は並び順が指定できるとよかった。前半と後半とで並び順が変わってしまうのが痛い。そこがログインメンバーの名前表示でカバーされていて助かった。

・ミリ秒を調整するような笑いはほぼできなかったけど、それよりは「全員がはっと気が付く」ような場面の演出が難しい。

・音の解像度というかレンジというか、とにかく音が揃っていないのがもったいない。手持ち機材で参加したのか、声にばらつきがある。あとオープニングやエンディングの音楽はだいぶ音が古い。こういうのは機材をそろえれば解決できるのか、専門家がマスタリングを行なわないとそろわないのか、どっちだろう。

・解像度低めとはいえ、カメラの画角が揃えられるとよかった。手持ちのカメラやスマホで参加したのかな。あと位置も、高さや前後が結構違った。今回の演目なら同じカメラで同じような位置(目の高さ)で揃えられるとよかった。

・照明は吉田羊だけリングライトを用意していたか? 人によってだいぶ違ったけど、照明はあったほうがいいのでいろいろ工夫してほしい。

・背景は自宅のままだったけど、部屋の背景画像を用意できたらよかった。そういう商売が出てくるかも。

・あまり直す暇もなかったか、梶原善が30代という脚本の設定は無理がある。そのほか何か所か調整したい。でもいっそ、陪審員を密室に閉じ込められないのでオンラインで参加してもらいました、という設定まで調整できたらベストだった。

・三谷幸喜がオープニングに出てくるけど、伊藤俊人は、とか余計なことは言わない。

・同じく三谷幸喜が後半に出てくるけど、三谷幸喜が一番稽古不足。試しに出てみたいのはわかるが、水準以上の役者に交じって水準以下の振舞をされるのはつらい。

まだこれからの手法で、いろいろノウハウが蓄積されたらいい線いけるようになりそうな予感はしました。

<2020年5月7日(木)追記>

企画名があるのを見落としていたので修正。