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2023年12月31日 (日)

2023年下半期決算

恒例の決算、下半期分です。

(1)asatte produce「ピエタ」本多劇場

(2)範宙遊泳「バナナの花は食べられる」神奈川芸術劇場中スタジオ

(3)国立劇場主催「菅原伝授手習鑑 三段目/四段目/五段目」国立劇場小劇場

(4)劇団☆新感線「天號星」THEATER MILANO-Za

(5)梅田芸術劇場企画制作「アナスタシア」東急シアターオーブ

(6)ヨーロッパ企画「切り裂かないけど攫いはするジャック」本多劇場

(7)タカハ劇団「ヒトラーを画家にする話」シアターイースト

(8)劇団四季「キャッツ」名古屋四季劇場

(9)御園座主催「東海道四谷怪談/神田祭」御園座

(10)新国立劇場主催「尺には尺を」新国立劇場中劇場

(11)新国立劇場主催「終わりよければすべてよし」新国立劇場中劇場

(12)松竹主催「吉例顔見世大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

(13)世田谷パブリックシアター企画制作「無駄な抵抗」世田谷パブリックシアター

(14)阿佐ヶ谷スパイダース「ジャイアンツ」新宿シアタートップス

(15)劇団四季「ウィキッド」四季劇場[秋]

(16)劇団四季「アナと雪の女王」四季劇場[春]

(17)株式会社パルコ企画製作「海をゆく者」PARCO劇場

(18)松竹主催「十二月大歌舞伎 第三部」歌舞伎座

(19)松竹主催「十二月大歌舞伎 第一部」歌舞伎座

以上作品の括りでは19本、チケットの括りでは20公演、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は 209100円
  • 1公演あたりの単価は 10455円

となりました。上半期の16本18公演と合せると35本38公演で

  • チケット総額は 373800円
  • 1公演あたりの単価は 9837円

です。なお各種手数料は含まれていません。

また今シーズンも映画館で芝居映像を観ました。

(A)National Theater Live「オセロー

(B)National Theater Live「ハムレット

(C)National Theater Live「フリーバッグ

(D)National Theater Live「リア王

(E)National Theater Live「かもめ

(F)ゲキ×シネ「薔薇とサムライ2

(G)National Theater Live「スカイライト

以上7本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は 20300円
  • 1本あたりの単価は 2900円

となりました。上半期の1本と合せると8本で

  • チケット総額は 23300円
  • 1本あたりの単価は 2913円

です。なおこちらも各種手数料は含まれていません。

チケット単価は半期では1万円を超えました。通年でも1万円を超えるんじゃないかと心配していましたが、それは何とか1万円は切りました。下期も劇場閉館前だとか、新劇場見物がてらだとか、仁左衛門を観たいとかやっていましたが、ミュージカルだとかやったらこれです。

NTLiveはありがたかったですね。いい芝居もありますけどそれなりの芝居もあって、やっぱり海を渡って上映される芝居ですら当たり外れはあるものだとわからせてくれました。(C)(G)がよかったです。

東京まで交通費がかさむにしても遠征というにはおこがましい私でしたが、今年はついに芝居メインで名古屋に初遠征しました。観光も楽しみましたが、これでふらっと劇団四季を観に行ったのがよくなかった。めぼしい演目を観たろうかいという気持ちになって3本も観てしまいました。キャッツが1本目じゃなかったらこの気持ちにはなりませんでしたね。運がいいのか悪いのかわかりません。

そしてこれだけ観ておいて贅沢な話なんですが、気持ちが乗らずに観ていた芝居が多いです。体調不良なのか、年を取って体力が落ち来ているのか。ラインナップを眺めたら古典やロングランや再演が多いのは気分です。小劇場開拓する元気がほとんどありません。

下半期の寸評は、数少ない小劇場開拓で現代の社会芝居を小劇場仕立てで見せてくれた岸田國士戯曲賞の再演になる(2)、仕上がりに文句はあっても脚本に感心した(7)、全員が歌って踊れるミュージカルの(8)、今年の話題となった問題を古典に絡めた意欲作の(13)、ベテラン5人でごりごりの会話劇を見せた(17)、「天守物語」で出ている役者にも仕上がりにも感心しきりの(18)です。

下半期で1本を選ぶなら(2)か(13)で同点です。ただし通年なら、誰が観ても文句なしに楽しめてしかも扱うテーマもその2本に負けず劣らず社会性のあった三谷幸喜の「笑の大学」で決まりです。「笑の大学」を観たのはなんかもう3年前くらいのように思っていましたけど、今年だったのかと見返して驚きました。

今年は舞台寄りの芸能界の事件がまとめて出てきたようなところがありました。元気なときなら書いていただろう事件ばかりです。大きいところでは、ジャニー喜多川がお気に入りどころか片っ端から襲っていた性加害の話が事実認定されたジャニーズ話、猿之助がセクハラパワハラを暴露されて親と心中しようとして結局自分は死ねずに親殺しになった歌舞伎話、いじめと呼ぶにはきつい扱いだったところに新人公演責任者が自殺した宝塚話。猿之助は有罪が確定しましたけど、他の2つはまだ現在進行中です。この3つの話が大きすぎて、年末に薬物で捕まった小劇場出身役者がいましたけど、出演していた芝居の公演が終わるのを待ってから逮捕していたから警察も優しいな、くらいの感想しか持てませんでした。

そもそも芸能界は売れっ子が幅を利かせる世界ですけど、その中でもファンが甘いから内部でどれだけひどいことをしても売れっ子が許される業界として、頭文字を取ってもともとJKTと呼ばれていたそうですね。この呼び方は知りませんでした。ただ、個別の事件それぞれに、知っていた話と初めて知った話が混ざっていて、そこにそれはひどいという話とそれは当り前だろうという話とが混ざっていて、真面目に話すならきちんとブログに書かないといけませんけど、その元気がありませんでした。

芸能界全体で言えばジャニーズにとどまりませんけど、直接はジャニー喜多川の性加害をオイディプス王の枠組みで連想させつつ、さらにそれを無視するマスコミやファンを、駅に止まらなくなった電車や芸をしない大道芸人を配して描いた(13)は下半期渾身の1本だったと思います。

性加害なり暴行なりを加えた側の犯罪者を許す気はありません。ただ、芸能界は本来「芸を通じて出す本人の色気で客を誘惑する仕事」なんですよ。色気といってもいわゆるお色気だったり、上り調子の人間が出す勢いだったり、必死に何とかできるようにしようともがくところで出す執念だったり、芸で自由自在なところを見せて自信満々の覇気だったり、色気にもいろいろありますけど、とにかく、ただ上手いだけの芸では劇場まで客は足を運ばないんです。「すごいね」で終わりです。そうではなくて「きゃー」とか「うおー」とか言わせられて初めて客は財布を開きます。もちろん周りもいないと公演できませんし、周りの水準が公演の水準につながりもしますけど、それだけで客はお金を払いません。

だから芸能界は堅気じゃないと長らく区別されていました。観て聴いて楽しんでも、堅気の子女が演るものではないと。やむにやまれぬ事情のある人が飛び込むか、何をやっても堅気の仕事が長く続かない人か、どうしても表現に関わることしか出来なくてそれを仕事にする人か、そういう人がやっていたんです。そういう人たちを仕切るのに堅気のルールじゃ言うことを聞いてくれないから、興業を回すために乱暴な秩序もあった。そういう理解です。

なのにどうしてそれが堅気の世界と混じってきたんだろうな、というのが今年考えても考えきれなかったことです。世の中全般の常識が堅気寄りになってきたのは理由の1つでしょうけど、それだけではないだろうと思います。他のいろいろな社会状況を考えないといけないんですけど、元気が足りませんでした。乱暴な秩序だって、日本人を捕虜収容所で放置したらそういう秩序になってしまったと書いていたのは山本七平だったかな。「虜囚日記」だったかもしれない。とにかく考えないといけないことが多い。

ただ、芸能界であまりにひどいと言われているところがいったんドブさらいされたとしても、根本に「芸を通じて出す本人の色気で客を誘惑する仕事」というものがあるなら、またそのうちドブが溜まると思います。私は芝居だけなら割といろいろ観てきたほうだと思いますけど、上手いだけの芝居なら観ても褒めません。芸能界が本当にきれいになったら、色気を持つ人がいなくなって、客が金を払わなくなって、衰退するでしょう。(13)の書けなかった感想の代わりに「観客という立場である私個人との見解の違いにすれ違いも感じた。その点で『無駄な抵抗』というタイトルの正確さには深く同意する」と書いたのはそういうことです。一時的にでもドブがさらえるなら無駄な抵抗ではないと言われたらその通りですが。

そんなことをああでもないこうでもないと考えていたら、観た芝居の記録を取るので精一杯でした。チケット代に交通費も加えた出費がかさんでいるので、もう少しの間、古典なり他分野なりを一度気が済むところまで観て、そこからぐっと観る本数を落としたいです。

引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

2023年12月30日 (土)

National Theater Live「スカイライト」

<2023年12月30日(土)朝>

ロンドンの、治安がよくない地域でアパートに独り暮らしをする女性の元に、かつて一緒に暮らした一家の息子が訪ねてくる。女性が出て行き、母が亡くなってから父の様子がおかしいので会ってほしいと言う。息子が帰ったあと、父である男性が訪ねてくる。女性は実家を出て男性が経営するレストランで勤務し、その一家に見込まれて一緒に住んでいたが、男性と不倫関係にあり、関係が妻に知られてから姿を消していた。話は近況の報告からお互いの価値観、そして過去の出来事と様々に進む。

National Theater Liveの10周年記念アンコール上映をやっていたので急遽参戦。一度日本上演を観ていますが、こちらは本場の再演版。

設定がかなりすっと入ってきたのは、出演者の歳の差が見た目でわかりやすかったのと、舞台美術であまりいい地域のアパートではないことが伝わったのとがあります。男性側のビル・ナイがやり手の実業家にしては甘い雰囲気でやって、女性側のキャリー・マリガンは教師っぽさがあまりなかったけれど、それでもがっぷり組んだごりごりの会話劇。そういう芝居が観たい気分だったのでちょうどよかったです。喧嘩をしてもうるさくならない芝居はいいものですね。

幕間に脚本のデヴィッド・ヘアーがインタビューで出てきて、当時の社会の様子を書いたと話していましたけど、答え合せするのはつまらない。そこは観て考えたいです。

2023年12月24日 (日)

松竹主催「十二月大歌舞伎 第一部」歌舞伎座

<2023年12月17日(日)昼>

生まれた子供を妻の母に見せようとやってきた夫婦だったが、母はすでに病気で亡くなっていた。旅の途中、近所の娘の世話で寺に一夜の宿を求めることになったが、寺を預かる老婆は亡くなった妻の母とそっくりだった。甦ったのだというのだが「旅噂岡崎猫」。千本桜の咲く神代の時代に、異国からの青龍の精の襲撃を受ける。千本桜の守護である白狐や美玖姫は辛くも難を逃れるが、千本桜は花を散らした。それから千年後に再開した白狐と美玖姫は「今昔饗宴千本桜」。

旅噂岡崎猫は坂東巳之助が始めからわかりやすい格好で出てきてやっぱり悪い化け猫という話。その坂東巳之助もよかったのだけど、夫婦に寺の宿を世話する近所の娘のおくらを演じた坂東やゑ亮が本当によかった。怪しげな術に操られて飛んで跳ねての大忙しだった後半も見どころたっぷりでよかったけど、それより前の普通の役のところであまり女形女形せずに快活に演じていて、だけどこういう女性は今でも周りに見かけるし昔もいただろうというモダンな女形、生きた娘役だった。ずるかったり親切だったり怖がったりと忙しい変化も納得できた。大立ち回りに影を使ったり障子が血でべっとりしたりと外連味たっぷり。初歌舞伎でも満足できること間違いなしでしょう。

で、本命の今昔饗宴千本桜。初めに挨拶で獅童が出てきて説明からお約束からペンライトの使い方から屋号の声掛け練習までしてくれる親切仕様。初音ミクまで出して準備万端といったところで開始。おとなしく観るつもりだったけど休憩時間にロビーを歩いていたら安いペンライトも売っていて、人生で一度くらいスチャッ! とやってみてもいいかなと思い直して買っておいたのがよかった。この日はうっかり良席で観られたのだけど、屋号は呼ばなくてもペンライトくらい持っていないと格好がつかない。隣の真面目そうなお姉様が気が付いたらペンライトを持って待機していたし、立派な着物をお召の奥様が終盤の場面でまっ先に立上がってペンライトを振っていたし、人は見た目だけではわからないものです。

それで派手な映像あり宙乗りあり桜吹雪砲もあり小川夏幹陽喜ありと会場が一体になって盛上がって終わったあとの感想ですけど、残念ながら出来がよくなくて気に入りませんでした。

ひとつは初音ミクの間の悪さ。録っておいた声をオペで流したのか、裏方がいてボイスチェンジャーでリアルタイムで台詞を言っていたのかはわかりませんけど、もたつきます。音が出るまでに時間差があるならそれも含めてここはこの間だろうと突き詰めてほしい。

ひとつはスクリーン頼みの映像。そりゃあ二次元の映像をどこかに映さないといけないのですけど、ちかごろのプロジェクションマッピングの進歩は目覚ましいのにスクリーンだけしか使わないのは古い。たまたま今年はミュージカルを多く観ていて「アナスタシア」とか「アナと雪の女王」とか観ていますけど、後ろのスクリーン+サイドの美術+たまにセンターの美術で話に合せた映像の使い方はあちらさんのほうが上手です。なんなら野田秀樹ですら「兎、波を走る」で高橋一生を飛ばしていた。

初音ミクが二次元文化から出てきたものだからパソコンやスマホを考えてスクリーンに引っ張られるのかもしれませんけど、スクリーン以外も使えればもっと自由度を広げて初音ミクを左右だけでなく前後にも動かせます。スクリーンを使うなというのではなく、スクリーン以外も活用したものを観たいなという希望です。

そして最後は脚本の薄さ。説明やら会場を巻込んだ一体感やらのために1時間25分の短さからさらに20分は削られていると思いますけど、スーパー歌舞伎は言うに及ばず、昔話にもなっていなかった。桃太郎が桃から生まれたら次にはもう鬼が島で鬼退治くらい、起承転結ではなく起結くらいの薄さだった。その分だけ派手な映像や立回りが多かったのですけど、それが芝居かと言われると自分の考える芝居ではない。

凱旋は結構、ここで息子のお目見えが出来たのも結構。ただし超歌舞伎としてはもっと作りこまないと派手だねの一言で終わってしまう。自分が感じた3つの不満を解決するためには、初音ミクありきでない脚本を作ってから初音ミクを組込むようにアレンジして、舞台美術と照明と映像を創りこんで、会場も歌舞伎座以外の劇場で昼夜2公演1か月以上の体制を組んだ方がいい。歌舞伎座で他に混ざっての一本だと技術の仕込みに限界がある。

初音ミク目当てでやってきた客を飽きさせないためにもう一本として旅噂岡崎猫が選ばれたと思いますけど、あれは肉体を駆使してのアクロバットだからアナログな美術でもしっくりきます。客の感想としては旅噂岡崎猫のほうがよくできていました。

ところで第三部と合せて四本の演目を観たのですけど、全部の演目で人ならぬ身のものが出てきました。どの演目も最後はなんとなくごまかされて終わってしまったところも含めて、今月は化け物尽くしだぜと中の人が狙ったような気がします。

松竹主催「十二月大歌舞伎 第三部」歌舞伎座

<2023年12月16日(土)夜>

酒売りに勧められて酒を飲んだ猩々二匹が踊りだす「猩々」。人間たちが近づくことのない白鷺城の天守閣の最上階に住む、人ならぬ身の存在である美しく気高い富姫と異形の者たちだが、遊びに来た亀姫への土産として殿様の鷹を捕まえてしまったため、鷹を探しに姫川図書之助が遣わされる「天守物語」。

猩々は何かと思ったら霊獣なんですね。酔って足を前後させる動きの面白い舞踏です。

天守物語は七之助の富姫が美しいのですが、玉三郎の亀姫はそれよりずっと年下の娘に見えるのがすごくて、もはや玉三郎が人ならぬ身ではないかと思わせてくれます。ただ、中村虎之介の演じた姫川図書之助が凛々しいの一言で、あれは男が見ても格好いいですね。そして追手の片岡亀蔵もくっきりはっきりしていい印象です。話良し、演出良し、役者良し。抜けのいい空の照明も含めて、いま観られてよかった、いま観なくていつ観るんだという1本です。

ちなみに勘九郎が猩々の片方だけでなく、亀姫についてきた舌長姥と獅子の彫刻を彫った近江之丞桃六の二役を務めているんですけど、どちらも初めは勘九郎だとわかりませんでした。いつももっと、出てきただけで勘九郎とわかるような役作りしか観たことがなかったのでいまさら気がつきましたけど、真面目に役に徹しても上手いんですね。

株式会社パルコ企画製作「海をゆく者」PARCO劇場

<2023年12月16日(土)昼>

アイルランドの田舎町。仕事を辞めて久しぶりに家に戻ってきた弟は帰ってきて早々、目の見えない兄が友人と酒を飲み明かす世話に追われることになる。それから数日が経ったクリスマスイブの日、兄と兄の友人と三人でクリスマスを祝おうと街で買物をしてくるが、目を離した隙に兄が弟と因縁のある男を呼んでしまった。男はバーで知合った紳士も一緒に連れてやってきたが、弟は昔、その紳士と出会ったことがあった。

三演目ですけど、初演を観て、再演は見送って、今回また観ました。当時は吉田鋼太郎が演じていた兄が高橋克美に交代したものの後の四人は継続です。観終わっての満足度は高いです。

初演の記憶よりもずいぶんとわかりやすくなっていたような気がします。初演がプレビュー公演でまだこなれていなかったからでしょう。吉田鋼太郎の声の大きさと勢いに引張られていた前半が高橋克美で整理されて、弟の平田満にスポットが移ってはっきりしていました。加えて兄の友人の浅野和之、因縁のある大谷亮介がこなれていたからでしょう。初演のときよりも派手目になっていました。

ただ、浅野和之と大谷亮介はややこなれすぎな感もありました。どこで受けるのかわかってやっているというのかな。いや面白いんですけど。後半修正してきていました。その点は磨いた感がある平田満、交代して役の大きさを見せてくれた高橋克美のほうが好みでした。

高橋克美は汚いことを気にしないおっさんという立場を痰を吐くという工夫で浅野和之と連携して笑いを取っていましたが(初演にはなかったような)、客席から「やだぁ」と言われているのが印象的でした。痰を吐く人って最近見かけなくなりましたね。そして名前の呼びかけで思いっきり台詞を間違えていましたけど、客席に言うような言わないような風に謝って進めてしまえるのがベテランです。身体に丸い愛嬌があるんですけど、神様に祈るところはすっと決めるあたりもベテランです。

そしてずっと同じ役を務めているのに今回が初演ですといわんばかりの緊張感を見せてくれたのが小日向文世。新鮮だったというのかな。受けやすい役ではありますけど、新鮮さの点では一頭地が抜けていました。手練れ揃いの5人で誰が一番かといえば私は小日向文世でした。

で、初演の感想で「落込みそうなところで観ると慰められるというか励まされるような芝居で、実際励まされるところがありました」と書きましたが、今回はその感想に加えて、この芝居は駄目なおっさんだって一生懸命生きて何が悪いと小さくつぶやくような芝居だとも言いたい。やっぱりいい芝居です。ただし、それを演じているおっさんどころか年齢だけならじいさん5人は全国のじいさんたちの上澄みで、魑魅魍魎のうごめく芸能界という荒波を乗切ってこの場に立っている海千山千のつわものです。そういう意味では5人とも「海をゆく者」ですね。

2023年12月11日 (月)

劇団四季「アナと雪の女王」四季劇場[春]

<2023年12月2日(土)夜>

北国アレンデール王国の王女である姉のエルサと妹のアナ。姉のエルサは雪や氷を操る魔法の力を持つが、幼いころにアナを凍らせてしまう。この時は国の隠れびとを呼んで助けてもらったが、アナからは姉が魔法を使える記憶を取除かれる。エルサを助けようと出かけた国王と王妃は嵐で亡くなり、自分の魔法を恐れたエルサは魔法を使うことがないように城に隠れて過ごす。やがてエルサが成人に達して国の女王に就く戴冠式の日、はしゃぐアナと言い争いになったエルサは来客のいる広間で魔法を使ってしまう。怪物呼ばわりされたエルサは山の奥に逃げてしまい、アナは後を追う。

れりごーで有名なディズニーアニメですけど、れりごー以外に何も知らずに観ました。雪の女王の名前がエルサでアナと姉妹なのね、くらい何も知りませんでした。最後は無事に収まってめでたしめでたしなのですが、ディズニーとしてはアップダウンが多い印象です。やっぱり昔の話よりは新しい話のほうがアップダウンを激しく作るものなのでしょう。ミュージカルとしては全体に急で、前半も後半も、アニメを観ているからお前ら付いてこられるだろうと当てにしている印象がなきにしもあらずでした。

で、こういう話なんだと思いながら観ていたら、無造作にれりごーが始まりました。一番の売りの有名曲をもったいない使い方するなと思ったら、そこで映像効果満点の見せ場を披露して、ドレス替えの特殊効果も見せつけて、一幕終了。最高の引きを見せつけられてさすがメリケンさんとシャッポを脱ぎました。終わって客席がどよめくくらいのインパクトです。話だけならエルサは悲しく開き直る展開ですけど、あれを観たらそら女の子は女王の格好を着たくなりますわ、でなければ母親が娘に着せたくなりますわ、って出来でした。子供をミュージカルに引付ける撒餌の入口としてはよい一本だと思います。

翻訳が脚本も訳詞も高橋知伽江のクレジットになっていて調べたら、もともとれりごーの訳詞がこの人で、しかも劇団四季出身なんですね。劇団四季からすれば天の配剤で、脚本も含めてこの人に頼むしかないだろうという話です。それで翻訳のことを調べていたら、悲しく開きなおる展開に翻訳の苦労があったようです。それでさらに調べていたら、アニメの翻訳はいずみつかさでこの人はテアトル・エコー出身でした。舞台とディズニーは縁があるな考えていたら、アニメの雪の女王ことエルサの声は松たか子なのは歌で知っていましたけど、アナの声が神田沙也加と目にして、永遠というものの悲しみと生きることのはかなさを知りました。れりごーはそうじゃない。

劇団四季「ウィキッド」四季劇場[秋]

<2023年12月2日(土)昼>

大学に通うため寮にやってきた少女。ひとりは美しく人気者だが勉強はさっぱりのグリンダ。ひとりは父に疎まれるも妹の付添いとして入学が許された緑色の肌のエルファバ。手違いで同室となった二人は仲が悪かったが、隣国のフィエロが転校してきたときに起きたある事件をきっかけに仲良くなる。エルファバは魔法の力を持っていたため、魔法使いでもある学長に認められてオズの国を治めるオズの魔法使いに会えることになった。付添いとしてグリンダも一緒にエメラルドシティに行くが、そこで出会ったオズ大王は魔法を使えなかった。

オズの魔法使いの前日譚だと思ったら違いましたね。元がどんな話だったか思い出せないので観終わったあとに文庫本を買って読みましたけど。オズの魔法使いの設定と登場人物を使った二次創作でした。

で、後でウィキッドど呼ばれるエルファバは初めは学校で肌の色による差別を受けるとか、言葉を話せる動物がどんどん減っているのは実は誰それさんが黒幕でとか、人種差別と外国人差別の見立てですよね。オズの魔法使いからこういう話を仕立てるあたり、良くも悪くもアメリカ的です。元ネタは子供向けでも、仕上がりは大人向けの話です。

そういうミュージカルでしたが、歌だけならタイトルロールのエルファバを演じた小林美沙希が圧巻でした。ただ、この日のディラモンド教授を演じた平良交一とか、学長のマダム・モリブルを演じた秋本みな子とか、脇にもいい役者が揃っているあたり、劇団四季は人材が厚いですよね。

好きになる人が多い演目なのも頷ける仕上がりでした。

2023年11月19日 (日)

阿佐ヶ谷スパイダース「ジャイアンツ」新宿シアタートップス

<2023年11月18日(土)昼>

息子の暮らしていた街を歩く男は長年会っていなかった息子と道端で会って自宅に招かれる。息子の妻に迎えられ、孫は友達の家に出かけていた。次の日はお返しに手土産でも持って行って、と思ったら邪魔くさい男女が付いてくる。目玉探偵とその秘書と名乗る二人を振切れずに息子の家を訪ねたが別人が住んでいた。隣の家で訪ねたらずっと昔に引っ越したという。ならば昨日会った息子夫婦はなんだったのかと混乱する男に、宙に浮かぶ目玉を指した目玉探偵が、これは「けいとう」なのだという。

久しぶりの阿佐ヶ谷スパイダースは父が息子を追いかける物語。けいとうは傾倒で合っているかな。違いそうな気がするけど。それはそれとして地味だけど悪くないけど地味です。ばーん、わー、きゃーとかそういう話ではない。これっぽっちもない。だけど悪くないのが困る。

今っぽいところで言えば終盤の息子の台詞。シチュエーションは違えどコスパタイパが流行る先を見せてくれた。ただし男がそこで止まっているところが20世紀の芝居です。普遍的といえば普遍的、古いといえば古い。

役者ですけど、男を演じた中山祐一朗が、こんな地味な役を熱演できたんだという好演でした。他にも村岡希美とか中村まこととか富岡晃一郎とか伊達暁とか長塚圭史本人とか、目につくのは一昔前の小劇場でのしていた人たちです。役を作り上げようふくらませようとしていますよね。他の人は脚本から役を掘り起こそう的確に演じようとしていますが、いまいち物足りません。そもそも脚本にそこまで書かれていませんから当然です。そこは劇団付合いの中で新作をがんがん作ってきて脚本に足りないところは稽古場で埋めてきた経験の多寡なのかなと思ったり思わなかったり。

スタッフもこの規模の劇場なのに上品かつ必要十分。奈落まで使っての舞台の場面転換はお見事でした。毎日バックステージツアーをやっていたのに気が付かなかった。入場時に早い者勝ちで申込む必要があります。興味のある人は早めに劇場に行きましょう。

そのほかにも開演前に村岡希美が会場内でパンフレットを売っていたり、終演後のあいさつだったり物販だったりと、芝居の出来の割に運営に手作り感が満載でした。劇団として初心忘るるべからず、なんでしょうか。

メタな話だと、セールスマンの死みたいな芝居を演出してきたから長塚圭史もこういう芝居を書きたくなったのかなと勝手に妄想します。「ジャイアンツ」というタイトルとチラシ写真から察するに父の長塚京三との関係を参考に、そうはいっても父にはなかなか届かない、あたりの話なのかな。ただ、いまの日本なら息子とのやり取りすら途中で、そもそも男は結婚できずにそんな息子もいなかったところまで遡るくらいまでやってほしかった。「ジャイアンツ2030」とかどうでしょうか。

2023年11月12日 (日)

世田谷パブリックシアター企画制作「無駄な抵抗」世田谷パブリックシアター

<2023年11月11日(土)夜>

とある町の駅前広場。なぜか半年前から電車が止まらなくなり、かつての賑わいが閑散としてしまった。そこにやってきた大道芸人は何も芸をしないで広場にやってきた人たちを眺めるばかり。ある日、その駅前広場でカウンセリングのために二人の女性が待合せた。患者は町で歯医者を開業しており、カウンセラーは一時期テレビでもてはやされた占い師で、二人は付きあいは薄くとも小学校の同級生だった。かつてカウンセラーの女性に言われた言葉が胸に刺さっている、だからあなたのカウンセリングを受けたいという歯科医の女性に、カウンセラーの女性はカウンセリングを引受ける。駅は動いているのに電車が止まらない駅前広場でカウンセリングが始まる。

初日。イキウメの面々にゲストを迎えてのプロデュース公演は、駅前広場をギリシャの円形劇場に見立てて、あの有名なギリシャ悲劇の構成を上手く用いて、笑いは少な目ながらも実に完成度の高い仕上がり。そしてこの時期に上演するからには一般論以上に当然あの事件を連想しますよねという物語。

キャスティングで患者に池谷のぶえ、カウンセラーに松雪泰子というのが良く考えられていて、逆にしなかったところがいい。終盤のやや急な展開のところを個人技で押しきったところは池谷のぶえの面目躍如。そのほかの面々も持味発揮。スタッフワークもばっちり。この舞台美術はいろいろな芝居に再利用できるんじゃないか。

この仕上がりに一切文句はない素晴らしいものだし、駅は動いているのに止まらない電車と何もしない大道芸人を使った比喩が寓話らしさを出しつつさらに射程を広げていた。

だからこそもっともっとそれ以前のところで、観客という立場である私個人との見解の違いにすれ違いも感じた。その点で「無駄な抵抗」というタイトルの正確さには深く同意する。この話を話すと長いので感想後日。というか思った感想を書ける自信がない。

まあみなさん観てください。世間の感想が知りたい。

2023年11月 5日 (日)

松竹主催「吉例顔見世大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

<2023年11月4日(土)夜>

赤穂浪人大高源吾の不忠が気に入らぬと出入禁止にした殿様松浦鎮信を宥める俳人其角が会ったばかりの大高源吾の俳句を伝えると「松浦の太鼓」。源頼家に仕える三浦之助は、北條時政の娘である時姫を許嫁に持つが、源頼家と北條時政が戦になり、頼家劣勢のなかを抜出して病床の母へ見舞と別れにやってきたところ時姫が母の看病に来てくれていたが時姫の忠義が時政にあるのではないかと信じ切れない「鎌倉三代記」。春調娘七種、三社祭、教草吉原雀の踊り3本を並べる「顔見世季花姿繪」。

一幕見席を取損ねて夜の部を通して観劇。「松浦の太鼓」は前に観たことがあって、そのときは殿様が歌六で女中のお縫が米吉、今回は殿様が仁左衛門、其角に歌六が回って、お縫は米吉が引続き、大高源吾が松緑。この辺りは全員いい感じでした。仁左衛門の殿様が台詞から思わされる武張った感じよりは忠義の道に憧れる殿様のように見えてややくだけすぎと思わないでもないけど、これはこれでありでしょう。仁左衛門らしい華やかさも出していたので許す。

「鎌倉三代記」は太夫が語るこういう上演形式は何て言うんでしょう。駄目でした。語りの言葉が分からない。粗筋は公式サイトを見ながら書きました。文楽みたいに字幕がほしい。その前提で、よさげに見えたのは時姫の梅枝。藤三郎実は、の芝翫は勢いはよくても台詞がわからない。字幕がほしい。

踊りを3本並べた「顔見世季花姿繪」。これも唄がわかると踊りの意味が見えてくるのは文楽で経験済みなので、字幕がほしい。その前提で、目を引いたのは2本目の「三社祭」の善玉を踊った尾上右近。丸い動きの踊りに色気があるし、飛ぶときも少し長くて動きに余裕がある。