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2026年7月12日 (日)

世田谷シルク「野火」サンモールスタジオ

<2026年7月11日(土)夜>

太平洋戦争末期のレイテ島、肺病が再発した主人公は野戦病院に送られる。食糧不足の折、なんとか病院に止まろうとするものの、アメリカ軍の空襲で病院がやられて辛くも逃れる。畑を見つけて一休みしたものの、現地の村に忍び込んだところで教会にやって来た住人を殺してしまい、また逃げる。山奥で日本兵と合流し、港に日本軍の船が迎えに来て別の場所で合流する指令を聞かされた主人公は皆と一緒に港を目指すが、アメリカ軍に阻まれて1人また山奥に逃げる。食糧のないまま彷徨う主人公が生延びるために残された手段は亡くなった日本兵の肉を喰らうことだが・・・。

大岡昇平の同名原作を1人芝居化も原作未見。脚本も演出も役者も真摯にやっていたことは疑いもないが、だからこそ原作が持つ深いところにまったく届いていないことが伝わる。固いものに跳ね返されるのではなく、霧の中で手足を動かしても何にも当たらないような掴めていないような印象。兵士として出かけた人もほぼ亡くなったであろう太平洋戦争、人肉食が最後の選択肢となるほどの飢え、そして日本人には馴染みの薄いキリスト教、いずれも今の日本では遠い。未見と言えど原作そのまますぎる印象だったので、観る側を巻き込んでいく工夫、ひいては創る側が原作を引き寄せる工夫がほしかった。

「人間らしい」の反対語が、現代だと「機械みたい」だが、一昔前は「動物みたい」だった、という文章を見かけたことがある。そういう「獣性」と、神の「神性」との対話を描くのは、野蛮な何かがないと届かないのだろうと考えさせてくれた1本。

松竹主催「御浜御殿綱豊卿」歌舞伎座(Aプロ)

<2026年7月11日(土)昼>

浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかり切腹してから1年後。将軍の甥である徳川綱豊の屋敷では無礼講で奉公人たちが遊ぶ日である。奉公人の1人で綱豊の覚え目出度いお喜世に、兄の富森助右衛門が手紙を届けにやって来る。またそのついでに皆が遊ぶ様子を見て帰りたいと頼む。お喜世は上司にあたる江島に許しを得るが、そこに酔った綱豊がやって来て次第を聞く。今日の月見の客として吉良上野介がやって来ることになっており、助右衛門が赤穂浪人であることも知ってなお、見学を許し、なおかつ酒をふるまって自分の座敷に連れてくるよう江島に命ずる。立場として浅野内匠頭の切腹の沙汰を認めないわけにはいかないものの、浅野家再興はすでに幕府上層部の間でひそかに有力な意見となっていた。だが実は主君に対する忠義が見たいと密かに考える綱豊。恐れ多くも綱豊相手に酒はいただけないと隣の部屋から近寄らない助右衛門を相手に、ならばその敷居をまたがせてみせると、綱豊は赤穂の話を滔々と繰広げる。

通常チケットが手に入らず幕見で見物。酔って喜世に絡む仁左衛門、忠義が見たいと惜しむ仁左衛門、吉良の狸親父に浅野がかなうわけがないと笑う仁左衛門、大石蔵之助の茶屋遊びに欠けるところがあると諭す仁左衛門、激高した助右衛門相手に刀を握って構える仁左衛門、とにかく仁左衛門の芝居だった。中村莟玉お喜世と、孝太郎の江島が脇を固めて安定。助右衛門演じる幸四郎の軽さが恨めしいも、今回は仁左衛門の重厚さを引立てる形と言えなくもない。

元禄忠臣蔵の1幕とは後で調べてわかったこと。背景の説明からすべて台詞のため、仁左衛門だから保たせた芝居。他の役者がやったらどうなるかとは気になるも、Bプロを観に行く余裕が。

2026年7月 6日 (月)

KERA CROSS「シャープさんフラットさん」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA(2回目)

<2026年7月4日(土)夜>

おかわり

役者全員が1回目よりも圧倒的にこなれていて、どの場面も出るべき役者が前に出てバランスよく仕上がっている。細かいところも変えたのか、それともその日の役者に任されている範囲なのかはわからないものの、いくつか増えた手数も場面ごとの仕上がりに効いて、集中して観られる。だからなのか、今回は笑いを突詰めすぎて破局する主人公と、売れないしつまらないけれど才能を無条件に信じる妻がいるコメディアンと、どちらが幸福なのかの対比が観ていて響いた。あとは破局からの自分に責任があることを立続けに気付いていき、それでむしろ救われていく脚本の流れの素晴らしさも改めて味わえた。

柄本時生だけ出だしの回想場面が慣れてダレていたのか「あれっ」という出来だったものの、その分だけ小野晴子や高梨臨と喧嘩する場面や松永玲子と掛合う場面を激しくやって取返していた。周りの全員のチームワークがよいのであとは柄本時生の出来が芝居の仕上がり具合に比例するところまで来ている。あの「どうでもいい、って言ったんだ!」の場面は初演でも大好きだったけど、今回も大好きと呼べる仕上がりなので、大千秋楽まで柄本時生には頑張ってほしい。