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2019年12月 8日 (日)

Bunkamura/大人計画企画製作「キレイ」Bunkamuraシアターコクーン

<2019年12月7日(土)夜>

日本が3つの勢力に分かれて内戦を続けている時代。死体集めを生業にする一家に、長年誘拐されていたため記憶も知識も欠けている謎の浮浪少女ケガレが保護される。仕事を覚えて色々な人たちと関わるうちに、忘れていた過去をケガレが少しずつ思い出していく。

再々々演ということで初演以来欠かさず観てきて4度目の観劇(再々演)。最初に書いておくとスタッフワークは今回が過去最高。ビジュアル面は予算をかけたのが伝わる衣装美術照明映像に加えてプロジェクションマッピングも若干追加、音楽はオケを入れた以上に音響抜群だったのは劇場設備か音響スタッフの努力か。全方面で質が高く洗練されている。昔はチープなスタッフワークのほうがいいと思っていたこともあったけど、ここまで質が上がるとこっちのほうが絶対いい。

それもあって演出の絵作りが格段に映える。美術の構成はほぼこれまでと同じなのに、その同じ構成で同じ場面をやってこんなにキレイに見えるのかと驚いた。脚本は大筋は変わらないけどやや親切に、歌も追加されていて、役名含めて全体には整える方向で手直しされていた。初演では公演中に長期誘拐の事件が発覚して騒ぎになったけど、昨今の不穏な世情から、今回はむしろ内戦や死体集め稼業などの背景設定のほうがひょっとしてあり得る未来かもと想像させられて、脚本の深さにうならされる。

なのに感想は、役者の違和感も過去最高。ただし下手ではない。断じて下手ではない。だから観終わってからずっと理由を考えていた。以下、とりあえず思いついた仮説。

この脚本は、設定にも展開にも登場人物にも台詞にも小劇場の雰囲気が色濃く反映されている。どれだけ整えても、どれだけ世情とシンクロしても、それは消えないし、消したら別物の脚本になる。だから演出でも演技でも、小劇場の雰囲気が要求される。上手く説明できないけど、物語は物語として遊べるところではネタを仕掛けてくるある種のおふざけ精神だったり、多少強引な展開でも納得させる勢いだったり、ネタはできても真面目な演技は苦手だから頑張るような必死さだったり、そういういろいろが重なってかもし出す怪しさだったり。別な言い方をすると、演出で調整して仕上げないといけない。

だから大人計画のメンバーははまっていたけど(同じ役を経験した役者が多いこともある)、客演陣は脚本どおりのふざけた役をきっちり真面目に作り上げることで脚本と喧嘩した。出ている割合は客演陣の方が高いので、違和感の多い舞台になった。というのが仮説。自分の感想では、客演陣で健闘していたのはカスミお嬢様の鈴木杏で、脚本に真面目すぎたのは青年ハリコナの小池徹平と以外やジュッテンの岩井秀人。あとマジシャンは阿部サダヲだったけど、テンションは高くても健康的な雰囲気で、大人計画のメンバーで唯一違和感があった(もっとも、宮藤官九郎が演じたときでも違和感のあった難しい役ではある)。生田絵梨花/麻生久美子のケガレは健闘していたけど、お互いの同一人物感は前回のほうが上。

公演後半になるともう少しこなれてくるかもしれないけど、4日目6ステージ目の感想はこの通り。あと、今回は公式3時間40分、実測3時間45分で、前より延びているはず。見ていて間延びする場面はないけど、終演時間が気になる人はご注意を。

2019年11月15日 (金)

□字ック「掬う」シアタートラム

<2019年11月14日(木)夜>

父親が入院しており、ライターの娘が夫と離れて実家に泊まりこんで病院に通っている。母親はすでに離婚して家にはいないが、回復を祈願する母の奇行に巻込まれた兄夫婦はうんざりしている。叔母は介護に奮闘しているが、その娘の従妹はアイドルのコンサートのチケットが取れないことを気に病んでいる。みんな病院から引上げてはこの家に来て介護の愚痴をこぼす。そんなある日、父の知合いだという女子高生と高校時代の友人が転がり込んでくる。

劇団初見。声や音響にこだわりがありそうな印象だが、ちょっと疲れた状態で観に行ってしまったのでそれが裏目に。騒がしい場面のテンションの高さや場面転換中の音響が身体に堪える。そんな中でもこのテンションなら観られるという線を維持していたのは叔母役の千葉雅子や兄嫁役の馬渕英里何。

唐突にやってきた女子高生や友人を泊めてしまうところは演劇的な展開として受入れるとしても、家族の話といいつつ主人公の話からあまり飛ばないところが残念だし、その主人公を含めて登場人物の生活感が希薄。主人公からしてライター(小説家だったか?)の仕事をしている気配がない。何より登場人物の感情の描き方がしつこい。深いのでもなく濃いのでもなく、くどい。シアタートラムでこの値段を取るからには、より的確な台詞と適切な情報の出し方で磨き上げられた脚本を望む。

2019年11月 2日 (土)

世田谷パブリックシアター/エッチビイ企画制作「終わりのない」世田谷パブリックシアター

<2019年11月1日(金)夜>

中学生時代の「事件」から立直れず高校受験に失敗して以来、引きこもりになってしまっている悠理。両親と幼馴染と一緒に湖近くのキャンプに来たが、全員から立て続けに今後の進路を知らされて、気晴らしに湖で泳いだところを溺れてしまった、はずなのだが、目が覚めた場所はまったく見知らぬ場所だった。

オデュッセイアを原典にしたSFと言われて読んだこともないのに身構えていたけれど、終わってみればびっくりするほど直球のメッセージ。まったく見知らぬ場所に飛ばされる以上のイベントがあまりなくて、展開に緩急強弱が少なく、物語が淡々と進む。あと一応前振りはあったけど、飛ばされる設定の説明が後半に、しかも解説調で来てしまったので、若干言い訳がましく聞こえる。それで最後にメッセージが直球で来てしまうので、個人的には厳しかった。このくらい直球でないと今時は駄目なんだろうか。カーテンコールの拍手は刺さった人2に役者のファンで拍手している人3に戸惑った人5くらいの感触。

そこを役者でカバーするかというと、イキウメメンバーは抑え目、特に安井順平のくすぐりを封印して臨み、出ずっぱりの主役とその相手役に舞台経験の少ない若手を当てて、仲村トオルもバイプレーヤーになるという挑戦だらけのキャスティング。結果は村岡希美が孤軍奮闘の感。これがシアタートラムだったらまた印象は違っていたはずだけど、世田谷パブリックシアターの規模ではちょっと届いていないところが目立つ。スタッフワークが、とくに美術、照明、音響がよかっただけに、落差が目立つ。せめて演出でテンポだけでも上げられなかったか。

2019年9月19日 (木)

シス・カンパニー企画製作「死と乙女」シアタートラム

<2019年9月15日(日)昼>

独裁政権崩壊後。弁護士のジェラルドは反体制派だった実績を買われて旧政権の犯罪を調べる調査委員会の一員に任命される。その帰宅途中、タイヤがパンクして偶然通りかかった医師のロベルトに送り届けてもらう。ところがその声を聞いたジェラルドの妻ポーリーナはおびえだす。ロベルトが帰り夫婦の相談も終わった深夜、ジェラルドが調査委員会に任命されることを訊いたロベルトが戻ってきてお祝いを述べる。ジェラルドは遅いから泊まっていくように勧めるが、2人が寝静まった後にポーリーナはある行動を開始する。

ドイツ芝居だと思っていたらチリ芝居だった。チリという単語は出てこなかったけど、脚本家が独裁政権時代のチリで過ごした経験を元に書いたとのこと。雑に要約すると、かつて酷い経験をして復讐を誓っている人間が、その復讐を行なうことが次の酷い経験を生み出す状況におかれて、復讐を行なうことは是か非かという3人芝居。大人の芝居だけど若干バランスが悪い。

役者は宮沢りえが全力をぶつける仕上がりで、全力が素晴らしすぎて他の2人が負けている。あれでは2人がかりでも止められないので、そこを宮沢りえを矯めずに調整する道を探してほしかった。あとこれだけの芝居なのに演劇的爽快感にやや欠けていて、観客を結論に誘導するための演出が入っているような作為的な印象を受けた。たぶん段田安則の役作りに起因すると思う。演劇で作為的もへったくれもないのだけど、3人がぎりぎりで戦えば後は何とかなる脚本だったので、中途半端なリアリティよりもエネルギーや欲求のぶつけ合いを優先してほしかった。

散々ケチをつけているけど、観終わったらしばらく頭がぼうっとするくらいのラインは軽く超えている芝居。これで1時間半。海外の芝居は短時間で密度の濃い芝居が結構ある。今回の芝居は独裁政権崩壊という事実の前提があるけど、それにしても1時間半でここまで濃い芝居を日本で見つけるのは難しい。日本が舞台だと一見平穏な雰囲気の構築が重要だから時間がかかるというのはあるけど、それにしてももう少しこういう芝居があってもよさそうなのに。

2019年9月17日 (火)

ホリプロ/フジテレビジョン主催「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」世田谷パブリックシアター

<2019年9月14日(土)夜>

シャーロック・ホームズがワトソンとベーカー街に居を構えてから1ヶ月。スコットランドヤードのレストレード警部はホームズの才能を借りようとするが、本人からクイズを出されて追返される始末。そこに突然やってきて気絶した女性。目を覚ましてから事情を聞くと男に追われていたという。女性の話に観察結果と矛盾する点もあるのを気にしながら出かけたホームズだったが、その事件の裏には・・・。

原作の不明点を突いて架空の設定を仕立てる点、熱心なファンほどニヤニヤするように原作からいろいろ設定を借りつつホームズを知らない人でも楽しめる点、でも原作と矛盾が生じないようにつじつまを合せる点、謎解きは用意するけどそこに入りこまないで喜劇をメインに据える点、いずれも二次創作としてかくあってほしいポイントを抑える三谷幸喜の腕前はさすがファンというだけのことはある。原作を全部読んだことがある身としては満足。

そしていい役者をそろえるのも腕前のうちの三谷幸喜で、全員楽しめる。横田栄司のマイクロフト・ホームズがよかったのは事前の想像通りだったけど、八木亜希子のミセス・ワトスンがかなりよかったのは想像外だった。ハドスン夫人のはいだしょうこを差置いて歌ったりもするけど、それも(略)。むしろ柿澤勇人のシャーロック・ホームズが一番似ていないと思いながら観ていたけど、カーテンコールを観たらシャーロック・ホームズだった。いじけたり退屈したりする場面の多い役だったけど、あれはもっとシャンとした立姿の場面を多めに用意するべきだった。話としてそうなるのはやむを得ないけど、そこだけはもったいない。

チケットはいい値段だけど、いい値段分なだけきっちり楽しませてくれる。こういう芝居がもう少し増えたりロングランしてくれたりすると、客の選択肢が広がっていいのだけど、難しいか。

2019年8月25日 (日)

ワタナベエンターテインメント企画製作「絢爛とか爛漫とか」DDD青山クロスシアター

<2019年8月24日(土)夜>

大正時代。小説家と批評家の若者4人。処女作の評判がよかったものの第2作が書けなくて悩む男をよそに、他の3人は執筆も恋愛も楽しんでいる。月日が経つごとに事情が移り変わる春夏秋冬1年の様子を描く。

1993年の初演にして方々で上演を見かける有名作をようやく観劇。文学に対する態度と生活に対する態度と、それを許される環境と許されない環境、その他諸々。一言でいうと、若い。若いころでないと書けないであろう直截的な台詞の押収は会話劇というより論争劇で、だけどそれぞれの言い分がよくわかる。元ネタがありそうな作家4人の登場人物は、脚本家の頭の中で戦う分身を書き出して結論を出したような会話。ただ、その言い分が脚本家の頭の中で戦っていたんだろうなと思えてしまった一幕が微妙。後半はかなりノッてきたけど前半を取返すにはいたらず。ここからスタートしてもっと目指してほしい。

ただ観た回はそのノッてきた後半にハンデがあって、大きないびきを書いて寝ているおっさんがいた。2幕くらいからすでにうっすらいびきをかいていたけど、3幕後半から4幕ラストまでが盛大ないびきになって、特に作家、脚本家の境地を一人語りで聞かる4幕が台無しだった。届く範囲なら蹴っ飛ばしたのに、という状態。

感想は、もう一度まともな状態で見直したいのと、過去の公演をさっさと観ておくべきだったというもの。ただこの脚本は大正時代が舞台で、かつ文学論争にして創作論争なので、美術と衣装に多少手間はかかるけど、古びないのがいいところ。そのうちまた上演されるはずなのでその時もう一度観たい。あと今回男性版(モボ版)だけど女性版(モガ版)もあるようなので、そっちも観たい。とにかくもう一度まともな状態で見直したい。

2019年7月23日 (火)

世田谷パブリックシアター企画制作「チック」シアタートラム(若干ネタばれあり)

<2019年7月20日(土)昼>

父は仕事が上手くいかず浮気、母がアルコール中毒で両親の諍いが絶えないマイクは、学校でも目立たず目だった友達もいない。14歳のとき、同じ学年にチックという男子が転入してきた。特に絡むこともなかったが、夏休み前の最終日にクラスメートの女子の誕生日パーティーに誘われず一緒に帰ることに。その日は母がアルコール中毒のリハビリ施設に出かけ、父が浮気相手と旅行し、2週間は一人ですごすことに。そこへチックが「借りた」車でやってきて出かけようと誘う。なぜか車に乗ってしまったマイクだが、そこからどんどん遠くへ出かけることになるひと夏の物語。

2年前の初演の評判がよくて早くも再演された一本。ドイツの元は児童文学らしいけど、日本語の児童文学という言葉よりはもう少し上の年齢層、小学校高学年から高校生くらいがストライクとみたけど、それより上下の年齢でも十分楽しめる。旅先の出会いと友情、と片付けるにはもったいない物語。面白いだけでなく厳しい要素も入っているのが特徴で、マイクの両親に厳しい設定を当てたり、旅だけで終わらずその後始末まで描くところが今っぽい。

成功の理由はたぶん3つあって、ひとつは役者に恵まれたこと。チック役に柄本時生を当てて、ここに見た目から入れたのは大きい(笑)。終盤、裁判の説明から裁判官の説教に感じ入る場面、あれはよかった。土井ケイトのイザ役もスピンアウトするのがわかる魅力的な役づくり(リーディングまでは手が回らなかったのが残念)。ただ初演組を差置いて一番はまっていたのは今回唯一の初参加となる那須佐代子。今回マイクとチックは専任で、5人のうち他の3人が複数役を演じた中で、アル中の母親の場面は暴れる中にもいろいろな暴れ方を入れて、他の役では遊べるだけ遊んで、最後に何でも放り込む場面がいい。これまで何度か観ているけど、この人はやっぱり只者ではない。

二つ目はおそらく美術。天井のパネルがいろいろ活躍して最後もいいのはわかるけど、下は中央に四角い回転舞台、あとはシアタートラムの素舞台壁沿いにいろんなものを置いていただけ。そもそも多少の傾斜と階段があるだけの舞台を回転させるのは人力。それを回転させて何が変わるのかわからないけどいい感じになるのが不思議。美術がいいのか照明がいいのか迷うことが多いけど、今回は美術の要素が強かったと思う。劇場自体が持つ雰囲気を最大限使い切った引算の美術というべきか。最近よく名前を見かける乘峯雅寛の好調な仕事。

最後に翻訳。後で思い返して翻訳っぽくなかったことに気がついた。演出家本人の翻訳とのこと。元の話がしっかりしていたとはいえ、あれは役者と翻訳とどちらの功績が大きいのかわからない。たぶん翻訳のほうが強いはず。

あと直接関係ないけど、ロビーのポスターがスタンド・バイ・ミーとかハックルベリー・フィンの冒険とか夏の思い出とか、狙っていることに休憩時間に気がついてニヤリとしてしまった。たしか世田谷パブリックシアターはずっとポスターハリスカンパニーがポスター展示をやっていたはず。タイトルだけ知っていて中身のわからないポスターもあったので、誰か有志が解説してくれると嬉しい。

休憩を挟んで2時間45分という長さを感じさせなかった中で残念だったのは、もう少し若いときに観たかったなというのがひとつ。あと年齢層の高い客層でストライク世代が全然いなかったのがもうひとつ。中学生高校生だと部活で夏の大会の直前または真っ最中かもしれないけど、見切れのない舞台で当日券はまだいけたし、U24でチケットほぼ半額になるのでぜひ。もちろん大人でもぜひ。

2019年7月17日 (水)

青年団国際演劇交流プロジェクト「その森の奥」@こまばアゴラ劇場

<2019年7月14日(日)夜>

マダガスカルにある研究所。日本主催で猿の進化について調べていたが、資金難につき日韓仏の多国籍プロジェクトとなる。さらに研究を進めるためにスポンサーを求めているが、候補の企業は猿を使ったアミューズメントパークを検討している。その企業の担当者による訪問と、研究員の新メンバーの着任とがたまたま重なったある1日の話。

場面ごとに日本語と韓国語とフランス語を切替えて上演するのかと思ったら、同時通訳機を登場させてチャンポンで上演するという力技。同時多発会話では日本語は声で、韓国語とフランス語は字幕で、字幕画面も1画面中の左上と右上に別々のグループの会話を寄せて区別するというこれも力技。これの何がすごいかというと、チャンポンなのにいつもの青年団とまったく変わらないノリの芝居が観られる。さすが役者にもロボットにも同じ演出をつけるという平田オリザ、多国籍ごときではびくともしなかった。

昔の「森の奥」という脚本を再利用して仕立て直した脚本(だから「その森の奥」とのこと)は、日本を一番格好悪い立場に割当てるところはまあしょうがないけど、韓国もフランスも含めて満遍なく意識でも歴史でも駄目なところを取上げて、その点では平等ないつもの平田オリザ節。この座組に旧フランス植民地のマダガスカルを選ぶところがセンス。スポンサー候補の企業は日系かと思わせて本社が中国というのも今っぽい。歴史に対する意識の場面もスリリングだったけど、猿と人との境目を考えさせる芝居の途中で、まったく関係なさそうに、でも「境目を考えさせる」つながりで、シンデレラの靴がなぜ日付が変わっても元に戻らないかの話を混ぜるあたりの小技もきいている(そしてちゃんと後への伏線にもなっている)。

一番好きだったのは、研究に使う猿を選べないかという話題のとき、全員が会話に集中する最中、決定権を持つひとりである日本人研究者が上手側でうーんそうは言ってもなーという顔をして手を頭の後ろで組んでいた場面。あの迷っていて決めようがない顔と態度がこの芝居の日本人で一番日本人らしいなと思った。

毎度たっぷりの情報量で、90分とは思えないおなか一杯の1本。これならフランス組の「カガクするココロ」でサビの場面がどうだったかも観たかったと悔やまれる出来。ひとつだけ誤算だったのは、同じ日に進化論を観ることになるとは思わなかったこと。どうしてこんな演劇で取上げそうにない設定なのにかぶるかな。

2019年6月10日 (月)

KERA・MAP「キネマと恋人」世田谷パブリックシアター

<2019年6月8日(土)夜>

昭和初期。勤め先の工場が倒産して失業し酒とギャンブルと浮気におぼれて暴力を振るう夫を持つ女は勤め先に内職を掛け持ちして家計を支える。そんな女の唯一の趣味は映画鑑賞。東京から遠く離れた離島の町に1件しかない映画館では東京から6ヶ月遅れの映画が上映されるが、それも毎日観に来る。ある日、上演中の時代劇を観ていると、映像の中から登場人物に話しかけられる。やがて映像から飛び出してきて映画館が混乱すると、その隙に登場人物は女を連れて脱走する。折りしも、その時代劇の続編を撮影するために、役者陣がその島にロケに来ている。

初演の感想のずれを探るべく初日観劇。覚えている限りでは脚本はほとんど変わっていない。映像も同じ。日時を特定するような台詞はあったっけというのと、教会の場面で少し足されていたかもしれないのと、ウクレレは屋外でなく屋内で弾いていたかな、くらい。あと戻ってこない登場人物を待つ場面の一部が映像から演技に変わっていたけど、見切れを気にしたか。

主役のハル子を演じる緒川たまきが不幸からの多幸感全開できらきらのキレッキレ。妹役のともさかりえが行動力の高い役で絶好調。飛出す登場人物とそれを演じていた役者で二役の妻夫木聡は登場人物側でもうちょっと派手なほうがいいと思うけど、劇中映画では脇役だし、この芝居はハル子が主役なのでそこを食ってもいけなくて、バランスが難しい。どの役者もいいけど、声で役者を選んだ模様。スタッフだといつもながらプロジェクションマッピングも凄いけど、振付も頑張っていた。それを、複数役とダンサーと場転スタッフを兼ねたメンバーの負荷が相当高そうなのに余裕でこなしていたのに気がついたのは今回の発見。

初演より今回のほうが絶対楽しかったのは間違いない。主役の多幸感がある水準を超えられるかがたぶんこの芝居の鍵で、初演をいまいちと感じたのはそこに不足を感じたのだと思う。不足の原因は、主要メンバーがインフルエンザ明けだったからかな。評論家は初日に近い日程で観るはずなので、だとすれば感想のずれも説明がつく。ラストが今回納得できたのは、初演のときはやっぱりこちらが疲れていたからだ。不景気の話が出てくるところだけ、最近の不穏な世情に近くてつらい。

ただ、いくら楽しくても3時間25分が長い。ないほうがいい場面はないけど、だからこそ長く感じる密度の高さ。前半が終わった時点で1本観終わった感があった。初日のためか関係者大勢で、ロビーでも客席でもどうもどうもの会話の合間に「オレステイアよりは短いですからね」って言葉が聞こえたけど、あれは公式4時間20分なので比較対象が間違っている(ちなみに昼にオレステイアに挑戦しようと思ったけど調べたらこちらの初日変則開演時間に間に合わないので諦めた)。たぶん再々演はないから都合がついたらもう1回観てみようかなという気持ちが少しは芽生えたけど、それをためらわせる密度がある。

映像幕を下手寄りに配置する関係か2階下手は最初から売り止めだった模様だけど、1階前方下手端席にも見切れが見つかって別座席への振替が行なわれているので、前売で買った人は世田谷パブリックシアターの公式サイトで確認を。

2019年6月 3日 (月)

ジエン社「ボードゲームと種の起源・拡張版」こまばアゴラ劇場

<2019年6月1日(土)夜>

女が頑張りすぎて体調を崩したため東京から地方に引越してきたカップル。男は働かないでボードゲームに熱中していた経験を生かしてボードゲームカフェを開こうとする。この町に住む、東京時代から知合いだったボードゲーム愛好家たちが集まってくれるが、東京の倉庫から送ったはずのボードゲームが届かない。東京で何かあったようだ。ボードゲームがなく開店できない店に、ネットで調べたという女がやってくる。

初見。ボードゲームカフェと東京の話に関わる生活物語と、登場人物同士の実際に話したのか空想の世界なのかわからないダイアローグと、カードを使った独自ゲーム(「人狼系」って言っていた)を活用した信頼と不信に関する世界とが、時系列をごちゃ混ぜにして展開する。なかなか難しい。出だしから平田オリザと野田秀樹が混ざったような同時多発会話(ある組の会話が他の組の台詞に対応する)を、それもひとつの役が複数の組をまたいでこなす場面から始まって面食らう。

先に書いておくと、役者は粒が揃っている。役を把握しつつ、面倒な展開を消化して、きっかけだらけと思われる芝居をそんなそぶりもなしにこなしている。さすがこまばアゴラ劇場に出る劇団には一定の水準がある。あとこの劇場を横に使って、上手下手中央に加えて上までアクティングエリアにして、複雑な展開を場所の違いでサポートしていた(青年団が「東京ノート」で使って以来2回目の形)。お金がないのにたかがお金と言ってしまう思いやりのつもりが無神経でそれでいて一片の真実がなくはない台詞とか、沈黙だけで1分以上持たせたりとか、場面場面に見どころも多い。

ただ、3つの世界とも、相手への信頼と配慮の欠如や、一方通行で伝わらないことへの諦念など、メタな視点での共通点がほとんどで、演じられている内容自体がなかなかシンクロしてくれない。最後に強引につなげる手腕は嫌いではないけどそこまでが長い。85分だったけど情報量が多いので体感時間はもっと長い。あと、東京の出来事は最後までぼかされているけど、これだけ役者間で共通理解がなさそうだった。あるいは、脚本演出に共通理解を見せるつもりがなかったか。それと横長の劇場の使い方が災いして、複数個所での出来事が一望できず視線がさまよう場面もあった。トータルでは、個々の場面や同時多発会話のつなぎ方に気合が入りすぎて、全部を通してみたら流れをつかむのに一苦労する仕上がり、という感想。もう少しばっさりと整理してほしかった。

なお、開場直後から青年団よろしくゼロ場として劇中のボードゲームをやっているので、早めに入場してそれを眺めてルールを把握しておくと本編を見るのが少し楽になるのでお勧め。当日パンフにもルールの記載があるけど、見たほうが早い。

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