2017年2月24日 (金)

世田谷パブリックシアター企画制作「お勢登場」シアタートラム (若干ネタばれあり)

<2017年2月20日(火)夜>

若くして歳の離れた男性と結婚したお勢。子供ももうけているが、派手に化粧して度々出かけるお勢の浮気が疑われる。このお勢の来し方行末と、お勢に関わりあった人物たちの人生模様。

江戸川乱歩の短編8本を再構成した芝居。お勢の話が続くと思いきや、「二銭銅貨」のようなお勢が一切関係ない話も足してきて、視点がぶれる。原作を尊重したのかもしれないけど、強引にでもお勢を登場させて、話に一本筋を通してほしかった。あの最後で締めるならなおさら。単発で見ればそれぞれ面白い話が、お勢の話とそれ以外とに散るせいで理解が散漫になってマイナスに働く。怪しい雰囲気だけでつなぐのはつらい。

並居るベテランの中でも片桐はいりがピカイチで、真面目に見せる場面と笑わせる場面の両方とも光る。これに食われたわけではないけど、お勢を演じた黒木華が最初の1本とその後の話とでつながらずにもったいない。舞台に写される年から時系列を考えると、最初の1本はすでに十分悪女の時代のはずで、旦那を見殺しにする場面で思い切りのよさを見せて欲しい。遊園地で働く女の演技は好み。

スタッフワークは衣装と映像がよかったけど、その分予算を取られたのか美術がそれらに見合わず安っぽく見えた。多い場面数に対応して転換に工夫を凝らしただけでなく回転木馬まで導入していたけど、シアタートラムだと舞台に近すぎて目立つ。

観てそれなりに楽しんで、江戸川乱歩の怪しい雰囲気も、笑いも味わったけど、同じくらいもったいない点が目立った芝居だった。美術の話はさておき、脚本演出でもう少し持っていけたはず。

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2017年2月23日 (木)

Bunkamura/キューブ企画製作「陥没Bunkamuraシアターコクーン(若干ネタばれあり)

<2017年2月18日(土)昼>

東京オリンピック開幕前の昭和の日本。実業家がホテルの建築を計画していたが、事故死してしまう。後を継いだ一人娘は何とか開業にこぎつけたものの、夫の浮気が原因で離婚し、父がスカウトした会社の同僚と再婚している。プレオープンの日、父の借金のため費用をかけられなかったホテルはアンケートに苦情の嵐。本日は別れた元夫の再婚パーティー開催が予定されており、関係者が宿泊に来ているが、不穏な空気が流れている。死後の世界から様子を見に来た父は何とかしようと奮起し、それを早く連れ戻したい死者の見張り役とトラブルになる。

あまりオリンピックは関係なく、スマホも携帯電話もありません、くらいの時代設定。亡くなった父が見張り役に頼んで七つ道具を駆使するあたりからKERA版真夏の世の夢が始まって、その裏で一人娘と元夫と再婚相手とがぎくしゃくするKERA版岩松了が進んで、でもやっぱり要所要所がKERA芝居で、最後は、これもスクリューボールコメディっていうのか、お楽しみ、な展開。

七つ道具で「触ると内心のことを正直に話してしまう粉」がツボで、これを振りかけた椅子に座るかな、座らないかな、のじらし具合はお手の物。それを忘れたころに使うのが実に上手。何と言うか、よくできたベタな笑いがこんなに面白いとは思わなかった。もちろん丁寧な前振があるのだけど、久しぶりに大笑いした。客席のノリもいい日だった。

やっぱり主役の小池栄子が素晴らしくて、社長令嬢の役にふさわしくものすごいきれいだった。「グッド・バイ」もそうだったけど、悩んでも何しても真っ直ぐな役が似合う、華のある人で、脂の乗っている女優という表現がぴったり。それなのにきっちりおっぱいネタもこなす偉ぶらなさがまたいい。あと、山崎一の演技が芝居の軽い側の線をまとめている。何か植木等に似ているように見えてきた。他の出ている役者は複数役を兼ねたり同じ役でも体を乗っ取られたりして忙しいのだけど、それでも楽しんで観ていられるこの余裕のキャスティング。このくらいが標準になってくれるといいのだけど、やっぱり贅沢だよなあ。

芝居初心者にもぜひ勧めたい一本。1階端席で観たけど事前に言われたほどの見切れはなかった。立見ならチケット代はぐっと安くなる代わりにたぶん見切れがひどいのでできるだけ後ろ側で。

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2016年12月30日 (金)

シス・カンパニー企画製作「エノケソ一代記」世田谷パブリックシアター

<2016年12月23日(昼)>

喜劇役者榎本健一ことエノケン、にあこがれてエノケ「ソ」として一座で巡業生活を送る男。座員は妻、相手役兼スタッフ一切の男、脚本家兼マネージャ一切の男、の4人だけ。興行元の誤解や妥協に付けこんでの巡業なのでトラブルも多いがあの手この手で乗りきっていく。しかし本物のエノケンに問題が起きたら偽者はどうするべきか・・・。

どんなものだろうと観に行って、普通に観ればよくできているけど不満の残る出来。期待していたハードルはもっと高い。

満足したのはなんといっても吉田羊。脚本に魂を吹きこんで確実に芝居を一段上に上げていた。笑いをきっちりとって、偽者の夫を支える妻役の座中の立場もきっちり見せて、その分ラストで涙を誘う。カーテンコールの拍手の半分は吉田羊向け。脚本もおいしかったかもしれなけど、それ以上に仕上げていた。浅野和之と春海四方もいい感じ。浅野和之は「まともなヤツと付きあうのはもう飽きた」って台詞(聞きようによっては肝の台詞)で一部の客が吹いたのにつられて、一瞬詰まっていた。名手浅野和之の珍しいとちり。

あと、今回は3階サイドの席で観たのだけど、舞台がセンターに固めてあって、見切れが全然なかった(上手の端だと2場の黒板だけ見えなかったかも)。結構広い劇場なので目一杯使いたくなるところ、コンパクトに抑えてしかも小さく感じさせないのは親切かつ見事。

不満は3つあって、ひとつは猿之助。1月に観たのと同じ役者とは思えないオーラのなさで、脚本に書かれていることは全部やるけど書かれていないことは一切やらない、みたいな演技だった。偽者のオーラのなさまで演じたのかもしれないけど、それはそれとして、観客を揺さぶってほしい。あれじゃエンノスケじゃなくてエンノケソ。劇中でも芝居でも吉田羊に頼りっぱなしなのはどうなんだ。

あと脚本。よくできていたけど、巡業プラスアルファの5場を、ナレーションで繋ぐのは物足りない。場面が変わったときにそれがどういう場面かをいかに上手に伝えるかは脚本の技術であり、その情報を受取りながら芝居にのめりこんでいくのは観客の醍醐味だけど、そこはぜんぶ飛ばされていた。大河ドラマのナレーションが評判になっていたのに味を占めたのか。1時間50分という近年稀に見る短時間に収まったのはありがたいけど、あと15分延ばしてもいいからナレーションなしで挑んでほしい。

で、不満の最後が役者三谷幸喜。一般に観ればあれだけできれば上手だけど、残念ながら三谷幸喜芝居のレベルに達していなかった。チョイ役とか、インフルエンザの役者の代役とかだったらご愛嬌だけど、3場の相手役としてフル出演していたのはいただけない。このチケット代の芝居には見合わないし、あれでOKでは猿之助の演技に駄目だしできない。今後は出演するにしても控え目にしてほしい。

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2016年12月 6日 (火)

KERA・MAP「キネマと恋人」シアタートラム

<2016年12月1日(木)夜>

昭和初期。勤め先の工場が倒産して失業し酒とギャンブルと浮気におぼれて暴力を振るう夫を持つ女は勤め先に内職を掛け持ちして家計を支える。そんな女の唯一の趣味は映画鑑賞。東京から遠く離れた離島の町に1件しかない映画館では東京から6ヶ月遅れの映画が上映されるが、それも毎日観に来る。ある日、上演中の時代劇を観ていると、映像の中から登場人物に話しかけられる。やがて映像から飛び出してきて映画館が混乱すると、その隙に登場人物は女を連れて脱走する。折りしも、その時代劇の続編を撮影するために、役者陣がその島にロケに来ている。

元ネタは「カイロと紫のバラ」という映画だと公言しているけど、未見のためどこまで元ネタに近いかは不明。観終わってみれば、映画の登場人物に主人公の女に妹の話も絡めて、実によく出来たプロットの王道な展開。舞台内映画の映像やプロジェクションマッピングを贅沢に使う割にはアナログな手段も駆使して、それ自体も含めて笑いにするような仕上げ。

周辺の話も存分にネタを仕込んであり、それなりに楽しんだのに、どこか釈然としない。昔の喜劇の知識がないのでそこのネタが分からなかったからなのか、あんな扱いをされておとなしくしている女に緒川たまきが見えなかったからなのか、映像の登場人物が主人公にほれる理由が不明だからなのか、そこに説得力を持たせられなかった妻夫木聡が悪いのか、映像のテンポと舞台演出のテンポが合っていなかったのか、たまたまテンポがずれた回を観てしまったのか、いろいろ可能性を考えるけど、どれも可能性として間違っている気がする。

観ていて、これと間逆のラストを期待していた自分に気がついたので、たぶん自分が疲れていたのが一番の原因だと思う。主人公の幸福感は伝わってきたけど、それを自分の元気に転化しきれなかった。うーん。

それ以外だと、インフルエンザで中止の回があったのも困ったけど、19時開始で3時間20分だとちょっと交通事情も厳しくて。蜷川幸雄がBunkamuraの駐車場が閉まるより長く上演する公演が昔あったけど、それは考えてほしい。KERA芝居で上演時間が長いのは覚悟の上だけど、終了時間まで真似ないでほしい。14時19時を13時18時半の繰上開始にできなかったものか。

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2016年11月 6日 (日)

劇団チョコレートケーキ「治天ノ君」シアタートラム(若干ネタバレあり)

<2016年11月3日(木)夜>

病気のために執政の期間が短かった大正天皇。父である明治天皇や息子である昭和天皇との不和に悩みながらも全力で生きた生涯のうち、皇太子時代に婚約してから亡くなるまでを、貞明皇后が振返る。

少年期は父から叱責を受け、晩年は摂政の立場を巡って息子と対立。重い話の枝葉を落としてまとめて、一見よくできた芝居だったけど、個人的には合わなかった。

先に良いところを挙げておくと、役者はとてもよい。威厳のある天皇から食えない政治家まで、全体に雰囲気を揃えて宮中のトーンを作っていた。あと狙った配役なのか、皇族役に美声の持主が多くて、それがここ一番の場面を盛上げるのに一役かっていた。その点は観て後悔はない。

もったいなかったのは舞台美術と役者の出入り。玉座から伸びる赤絨毯を置いてしまったために、絨毯をまたいで部屋を移動する場面が多数出た。あれは色に拘らず照明で必要に応じてあらわした方がよかった。あと絨毯の話も関係するけど、役者が舞台から出たり入ったりする位置と部屋の関係が全然頭に入らなくて最後まで場所への想像力が追いつかなかった。あれは何かを意図してわざとやっているのか。だとしても意図がわからない。

個人的に合わなかったのは、扱っている歴史の認識が合わなかったのがひとつ。明治天皇と明治時代が威厳があって、明治への復古を目指した体制が昭和の悪さを構築していった、という流れだけど、そうかなあ。明治天皇と明治時代は偉大ではあるけど本来もっとおおらかだったのを、後付けで威厳があったと昭和時代に構築したんじゃないかな。神棚という台詞はあったけど、明治天皇に現人神という単語を使わせているから、前者のように受取れた。これは趣味の違い。

歴史の扱い方に疑問があったのがもうひとつ。当日パンフで「この物語は歴史的事実を参考にしたフィクションです」と書かれているけど、それにしては全体を大真面目に作りすぎている。それでいてどこか薄い。設定だけ借りてハチャメチャな芝居にすることは望まなかっただろうけど、事実を押さえて不明なところを埋めたという感じもしない。大正天皇をモデルにした話に専念すればよかっただろうけど君が代まで流してしまったし。

前回もそうだったけど、登場人物がほとんどすべての状況と心情を台詞で説明している。逆に、登場しない人物や外部の状況を伝えるような情報はほとんどない。ただし今回はその説明台詞だらけでバランスが一応成立している。なぜかと言えば、観ているこちら側が必ず何かしらの歴史情報を持っているから、背景を知識で想像できる。その代り、各人の歴史情報に依存するので想像の背景はばらつく弱点があるし、そこに疑問が生じると話が成立しない。この脚本を架空の国の王3代の物語に置きかえたらスカスカになる。だから一応成立していると書いたけど、実は適切なバランスではない。だったらもっと歴史的事実で観客の想像力を方向付けするような脚本にすることが望ましいけど、そうなっていない。そこをフィクションで済ませるのは、重い歴史を扱った割には軽い扱いではないか。なにより、宣伝チラシに引用していた渡辺保の劇評で

「治天の君」は衝撃的な舞台であった。私たちの体験した戦争がどのようにして決定されたかが鮮明に描かれていたからである。

とまで書かれた劇評を引用するからには、フィクションでないと描けない真実があるという意見には賛成するけど、今回についてはフィクションで済ませないでほしかった。そういう色々なことが、個人的に合わなかった理由。ちょうど昼間に観た「遠野物語」がフィクションについて上手に扱っていた芝居だったのでなおさら。

あともうひとつ運営について。今回当日券を買ったらトラムシートしか余っておらず、後ろが立見だったからまあましな席を確保できてよかったと思っていたら、招待券が大量に余ったのか、立見客が椅子席に案内されていた(椅子席が埋まったあとはトラムシート)。席を無駄にするくらいなら直前でも捌いた方がいいのでこれ自体はいい判断。

ただそれならトラムシートの客から案内してほしかった。開演直前でまとまった枚数を急いで処理しないといけなかったのはわかるけど、優先されたのはキャンセル待ちの客じゃなくてすでに立見席を買って入場まで済ませた客ですからね。自分たちで立見席より先にトラムシートを売っていたのだから、どちらが先に並んでいたのかわかるでしょう。トラムシートは当日券金額だったけど、ひょっとして立見席は当日券よりも安く売っていた可能性もあるので、だとしたら割高なトラムシートを買ったことになる。早めに劇場に来て並んでチケット買ったほうが損するのはどうなんだと文句を言いたい。立見より楽とはいえトラムシートでも腰にきつい、そういうときに限って休憩なしの2時間半。芝居の感想と合せて踏んだり蹴ったり。

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世田谷パブリックシアター/エッチビイ企画制作「遠野物語」世田谷パブリックシアター

<2016年11月3日(木)昼>

標準語政策が推し進められて、方言で書かれた書物を出版すると罪に問われ、また迷信や怪談を実際にあったものとして出版すると扇動罪に問われる時代。怪しげな迷信を方言で書いて自費出版した男、柳田が警察に逮捕される。方言には標準語を併記している、内容は事実であると主張する男のために、怪奇現象を科学で説明する教授を事実判定担当者として警察は連れてくる。急いで駆けつけたためまだ内容を読んでいない教授に対して、これは佐々木という男から聞いた事実であると柳田は内容の説明を試みる。

原作の遠野物語自体は未読。この後、柳田が佐々木から話を聞いたり遠野に案内してもらったりする話でつなぎながら、たまにおちゃめな場面を挟みつつも、真面目に遠野物語のいくつかの話(ですよね?)を上演しながら進む。観ていて飽きさせないための構成と適度な方言の取入れでよい雰囲気に引込んで、でもそれだけで終わらせない良作。

単純に遠野物語を観るつもりの観客としては、柳田や佐々木の立場に一方的に肩入れしそうになる、逆に言えばその立場に反発する観客には全然受入れられない仕上がりに偏りそうなところ。そこに、教授がなぜそのような仕事をしているのかの短くも強烈な話を1本入れるだけで、全体のバランスを取りながら、ここで語られるような出来事は現在にもある話だと印象付ける展開がものすごく好み。その地域に伝わる怪談を事実ととるか迷信ととるかで対立する両者の立場を軸に、標準語政策を筆頭とする近代化が進むことで逆に貧しくなっていく地方の現実、たぶんそれらを現代の余裕のなさ、進行形で進む物心両面の貧困化に重ねる上演意図。そう受け取った。

天井も高くてスペースも広い劇場に簡素なセットだったけど、その雰囲気を一変させる背後のボードがよい効果。上手な役者があつまる中、佐々木の祖母を演じた役者が方言を使いつつひときわ上手な演技が明らかに一段上で、雰囲気づくりを含めて芝居を引張っていた。忙しすぎて事前に出演者を調べていなくてどこで探してきたんだこんな役者と終演後にポスターを見たら銀粉蝶でしたごめんなさいごめんなさいこんなに上手い人だとは知りませんでしたと反省した。この劇場では反省させられる

周りを見渡すと年齢の高い客層だった。確かに演目は渋いしチケット代は高いしで学生が気軽に来るような演目ではないけど、かといって芝居慣れしている人たちばかりではなさそうだった。あれはどういうチケット販路で来た人たちなんだろう。

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2016年8月 9日 (火)

パルコ企画製作「ラヴ・レターズ」@PARCO劇場

<2016年8月6日(土)昼>

小学生のころからの幼馴染であるアンディとメリッサ。その始めての手紙から最後の手紙までを通して2人の人生を追う。

文字通り何百回も上演されている朗読劇だけどこれまで未見。PARCO劇場最後のこのタイミングで観ておきたくて、個人的には千秋楽よりよさそうに見えた勝村政信とYOUの回で観劇。本当にひたすら手紙形式の脚本を読む朗読を休憩を挟んで2時間やって、しかも最後まで面白かった。少しずつ情報を小出しにしつつ想像の余地を残す脚本がいいのはもちろんだけど、手紙を読む形式にあわせて抑え気味にしているようで細かく調整している朗読は2人ともさすが役者だった。

現PARCO劇場最後の観劇に相応しい一本だったし、新PARCO劇場でもぜひシリーズを再開してもらいたい一本。

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2016年8月 1日 (月)

パルコ企画製作「母と惑星について、および自転する女たちの記録」@PARCO劇場

<2016年7月16日(土)夜>

気性激しく奔放に生きた母の死をきっかけに、母が行きたいと言っていたイスタンブールに散骨を兼ねて旅行に来た三姉妹。散骨に相応しい場所を探して旅しながら、貧しい母子家庭で育った三姉妹が母と過ごして喧嘩した日々の思い出と、三人それぞれの現在の悩みとが交差する。

PARCO劇場改築前の最後の新作。正直なところを言えば設定に難がある芝居。舞台設定がトルコだけど、途中にテロが発生する場面は旅行から帰らない理由を無理矢理補強した感じだし、ラマダン中の三女の飲食も後半の伏線には弱くて単なる無神経に思える。ちょうど本当にトルコのクーデター未遂が起きた日に観たのもあるけど、この物騒なご時勢で、物騒な地域を舞台にして、それが物語の骨格に絡んでいる感じがしない。架空のアジアの国で漫画っぽい設定をいじり倒した松尾スズキのほうがよほど必然がある。

けど、斉藤由貴演じる母親と絡む三姉妹は生き生きしていて、特に1対1で丁々発止やりあう場面は魅力的。モノローグやスマホを駆使して独白させる三姉妹に対して、あくまで三姉妹から見た姿で奔放さや影や過去の重さを想像させて魅力十分な斉藤由貴の偉大さを再確認する。それに一番拮抗していたのが三女の志田未来というのがまた意外。後半はぐっと面白くなって最後の急展開は、改築になるPARCO劇場の行末を称えるような、むしろ最初にそれをイメージして脚本を書いたんじゃないかと思われるような祝祭感。重い展開をすっぱり切るいい後味だった。

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Bunkamura企画製作「ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン」@Bunkamuraシアターコクーン

<2016年7月9日(土)昼>

中央アジアのあたりと思しき国。ベストセラー作家が、かつて世話になった先輩ジャーナリストが過激派に拉致されたことを知り、救助のため単身現地に赴く。女優である作家の妻は夫の活動を応援しつつ、かつてのマネージャーと浮気し、芸能界への復帰をもくろむ。不穏な現地で頼んだガイドたちとトラブルに巻込まれるなか、男娼として派遣された少年ダンサーと出会う。

ゲイとか怪しいガイドとか生れ変わったヤギとか、中央アジアあたりなのに邦楽で三味線や笛とか、着物で躍る腰の入った寺島しのぶと拮抗して踊る阿部サダヲとか、見終わってしばらく経つと何で納得して観ていられたのか思い出せない設定。少し前にドタキャンをやってしまった寺島しのぶにドタキャン女優を難じる台詞を言わせるような楽屋笑いもあったけど、その実は吹越満の台詞に始まって、最後に頭をぶんなぐるような寺島しのぶの台詞で締まる、結構荒々しい芝居。適当な敵を拵えて観客にストレス発散させるのではなく、散々笑わせて観客側を攻めてくるところがさすがの松尾スズキ風。

寺島しのぶや岡田将生は出番が多いうえにダンスも入ってしまいには脱がされるけど、それも含めて意外なほど馴染んでいた。一番馴染みそうだった割に異色だったのが吹越満で、もちろん上手いけど、はじけて笑いを取る役者だらけの中でひとり粘っこい演技で違う存在感を出していた。あと事前の予想をはるかに上回って漫画のような現地人を演じた岩井秀人は、松尾スズキの脚本をきっちりやるとどれだけ面白い役になるのかを体現していて、もう青年団に全員やってもらえばいいんじゃないかくらいの傑作だった。あれは大人計画の役者の存在意義が問われる。

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2016年5月27日 (金)

イキウメ「太陽」シアタートラム(若干ネタばれあり)

<2016年5月18日(水)夜>

地球規模のバイオテロに遭った人類は、その細菌に適合した人種を生み出した。肉体は歳を取らず、力は強く、思考は明晰になるが、太陽の光を浴びると耐えられずに死んでしまう。彼ら/彼女らはノックスと称し夜に活動し、被害に遭わずそれまでどおりだった旧人類をキュリオと呼ぶ。旧人類からノックスになる方法が確立されたため、一大経済圏を構築したノックスが、反抗した旧人類の村を経済封鎖して10年目。ようやく経済封鎖は解除されたが、人口は10分の1にまで激減。そこに元住人で、今はノックスとなった男が訪問するところから話は始まる。

映画にもなって、同時上演企画の再演モノ。劇団員は絶好調で、ゲストもハマって、劇団の好調さをうかがわせる芝居だったけど、観ているこちらが受止めきれずに消化不良気味。

明晰な言語コミュニケーションを好んで力も強くて経済も繁栄しているけど、ノックス同士のセックスで子供が出来る確率は非常に低くて、旧人類からの養子をノックスにすることで人口を維持しているあたりは、グローバル化の影響を受けて二極化しながら人口が減っている日本で、それが太陽を浴びると死ぬのは原発事故の比喩で、いろいろ批判したい精神があるとは思うけど、それがクリアすぎて、観ていてあたった。もう少しノイズがほしい。

それでいて旧人類もあまり救いはなくて、役者は絶好調だけど、思い入れできる登場人物とそうでない登場人物とがはっきり分かれすぎ。それがあのラストを引きたてるのはわかるのだけど、もう少し、感情移入が進むようなそれぞれの正義が用意されていてもよかった。そんな中で、村の見張りを勤めるノックスとそこに通う村の青年とで、お互い隣の芝生が青い状態で意見がぶつかる場面は見所のひとつ。

これだけ文句を書いておきながら次も観るとは思うけど、脚本演出も役者も売れすぎて次が来年というのがつらい。外部の仕事の経験が実力を上げるのに役立っているのはわかるけど、この調子が続いているうちにもう少し多く劇団芝居をやってほしい。それが贅沢だというなら、せめて年1回の公演は維持して解散はしないでほしい。お願いします。

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