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2020年2月11日 (火)

松竹製作「菅原伝授手習鑑」歌舞伎座

<2020年2月10日(月)昼>

その優れた手跡から、弟子への筆法伝授をと帝に望まれた菅丞相。だが今の弟子は頼むに足らず、腰元と駆落ちしたため勘当していた源蔵を呼寄せ腕前を確かめると、勘当は取りやめぬが秘伝を伝授する。折りしも、家来の手引きで逢引していた菅丞相の養女と斎世親王が、菅丞相の政敵である時平の家来に見咎められてしまい、2人は逃亡方々駆落ちしてしまう。それを皇位の簒奪だと時平に逆用されて、菅丞相は蟄居となってしまう。菅丞相の若君だけでも助けなくてはと源蔵が救い出すが、菅丞相は流罪が決定する。

初段と二段目のダイジェスト、なのかな。この後に国立劇場の文楽で今やっている三段目が挟まって、四段目の寺子屋につながるはず。寺子屋で若君をかくまっていた理由まではわかったけど、その恩義の深さが現代の自分には伝わらず、薄味。仁左衛門の菅丞相はどんなものかと観に行ったけど、ほとんど動かない、超地味な役どころ。品格と言われればそれまでだけど、つらい。その分他の役者に目が行って、玉三郎の覚寿が何と言っても一番。梅玉の源蔵もよかった。

東宝主催「天保十二年のシェイクスピア」日生劇場

<2020年2月9日(日)夜>

漁師上がりの親分が治めていた宿場。引退を考えた親分は3人の娘のうち、業突張りな上の娘たちではなく、養女だが心優しい末娘に縄張全部を譲りたいと考えていたが、お互いの思い違いから末娘は家を出ることになる。やむなく長女と次女に分けて譲ることになったが、相手を蹴落とそうとする2人のために宿場は2つの勢力にわかれてしまう。もともとこの宿場の生まれだが流れ者になって戻ってきた男が、この現状を見て、うまくのし上がってやろうと算段を働かし始める。

蜷川版を観て以来2回目。最後まで堪能して満足。やっぱりこの脚本は面白い。スタッフワークで洋風な音楽と振付をつけたのに対して、木場勝己がそこにいてしゃべるだけで良い意味の土着感が出て、古今東西風味が拮抗する。オープニングの曲のノリの良さは蜷川版と甲乙付けがたい。

オープニングの曲が終わって、出だしがやや低調だったけど持ち直し。浦井健治のきじるしの王次が出てきた瞬間の華やかさがすごかった。ああこの人はミュージカルが本家だ、ストレートプレイに出るのはもったいないんじゃないのかと場違いな感想。高橋一生の佐渡の三世次だけ、メイクや衣装も込みで独特に作りこんだ不気味さを前面に出していたけど、なのにこの芝居には合う不思議。終盤は独壇場だった。

「祝祭音楽劇」と題したとおりの出来で、開演して2日目3ステージなので調整の余地のある役者も若干見受けられたけど、客としてはそんなところを気にするより楽しんだほうが得。そういう1本。木場勝己が隊長役を務めているのがバランスの要だと思うので、観られるものなら今回もう1回観たい。

2019年11月15日 (金)

松竹製作「連獅子」「市松小僧の女」歌舞伎座

<2019年11月13日(水)夜>

長い毛を振る有名なアレ「連獅子」。母の死をきっかけに剣術修行にのめりこみ男の風体でごろつきもあしらう裕福な商家の娘が、後妻の娘との跡継ぎ問題に嫌気がさして乳母を頼って家出した先で見かけた乱暴者「市松小僧の女」。

「連獅子」は有名だけど初見。霊山を舞台に、獅子は子を千尋の谷に突き落とす、というのを模した踊りらしい。その突き落とした後に、霊山の頂上を目指す修行僧の軽いコメディが挟まって、獅子の精になった親子が舞って長い毛を振る、と調べると一応舞台設定があった。幸四郎と染五郎を目当てにきた客の、萬太郎と亀鶴演じる修行僧が出てきたときの誰だお前感がすごかった。自分もそうだった。毛振りを観るのが目当てだからしょうがない。でもそこからちゃんと笑いを取って馴染んでいた。最後は遠めにも綺麗な毛を激しく振ったのが観られて満足。染五郎が赤で幸四郎が白。踊りは染五郎も上手だったと思うけど、並んで踊ると幸四郎の動作に余裕と安定があるのがわかって、勉強になる。

「市松小僧の女」は池波正太郎脚本ということで見物。それにしては展開がぶつ切りで滑らかでなく、起承転結というより起転転転という印象。物語よりは役者へのあて書きがメインだったか。その目で観れば役に似合う役者が演じていた。ただ、道場の兄弟子である同心は、このぶつ切りな脚本の中でも前振りも少なく短い時間で振舞いが変わる役で、演じていた芝翫も苦しんだか、若干浮いていた。

2019年9月 9日 (月)

松竹製作「秀山祭九月大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

<2019年9月7日(土)夜>

寺子屋の夫婦が菅原道真の若君を我が子としてかくまっていたものの発覚して差出せと言われて窮しその日に入門に来た子を身代わりにと考える「寺子屋」、源義経を奉じて奥州に行こうとする弁慶たちが安宅の関で見咎められて勧進の一行だと言張る「勧進帳」、赤穂浪人大高源吾の不忠が気に入らぬと出入禁止にした殿様松浦鎮信を宥める俳人其角が会ったばかりの大高源吾の俳句を伝えると「松浦の太鼓」。

夜の部をフルで観て初物経験。「すまじきものは宮仕え」と台詞が出てきたけど寺子屋が出典らしい。で、寺子屋を初めて観終わって自分でも驚いたけど、この展開の芝居は現代ではないだろうという感想。二十歳のころなら多分納得していたので、おもったより自分の考え方が近代化してきている。調べたら菅原道真を中心に五段目まであるうちの四段目のそのまた一部が寺子屋で、寺子屋夫婦の源蔵も首検分する松王丸もその前に登場しているらしい。けど現代芝居ならこの展開を納得させるために源蔵と松王丸が道真から恩を受けたことを中心に組立てなおして3時間以上は必要な大作になる。古典なので直すものでもないけど、こんな感想を持つ日が来ようとは。

役者は、吉右衛門の松王丸、千代の菊之助、戸浪の児太郎あたりはいいのだけど、源蔵の幸四郎がちょっと軽い。

勧進帳は奇数日で仁左衛門弁慶に幸四郎富樫。仁左衛門は格好よかったけど、勧進帳の読上げとか義経を叩くところとか、ここ一番が若干薄い。後半でうっすら息切れしていたのは酒を飲んだ後の演技かとも思ったけど、最後の飛び六方が厳しそうだったので多分体力の問題。弁慶は体力的にきつい役と噂に聞くけど実際そうなんだろう。

そしてここでも幸四郎。富樫が弁慶一行を見逃したあたりの心情、納得して見逃したのか、わかって見逃したのか、仁左衛門に目がいっていたのもあるけどそこらへんがいまいちわからず。もともと幸四郎というか高麗屋は弁慶側なので、できることなら偶数日を観たい。

最後の松浦の太鼓は殿様が笑わせる狂言物。歌六の殿様もいいけど大高源吾の妹で殿様に仕える女中の米吉がいい感じ。出だしはともかく、だんだん殿様の可笑しさが伝わってくる後半は、力が抜けて観られるけど、終演9時過ぎのせいかここまで観ずに帰る人も散見。前2本と比べて地味といえば地味だけどもったいない。

2019年6月19日 (水)

松竹製作「月光露針路日本」歌舞伎座

<2019年6月16日(日)夜>

江戸時代、米を運ぶ商船が難破する。船頭を務める雇い主の息子、光太夫の判断で沈没は免れ、積んでいる米で食事は取れるものの、力尽きて亡くなるものもある。8ヶ月の漂流の末に流れ着いたのはロシア領の小島。次々と乗組員が亡くなるなか、光太夫は生き残る乗組員を励まして何とか帰国を目指すが、逆にロシアの奥地へ奥地へと進むことになってしまう。

「決闘! 高田馬場」が2006年なので13年ぶりの三谷歌舞伎。スーツ姿の松也の解説で湧かせつつ前知識を教え込む工夫で始まるも、1幕が難破から、2幕最初の小島生活で、なんとも重苦しい出だし。その後、小島を出てロシア本土に着いたあたりから少しずつはずみがつき、2幕最後の犬で大盛上がり、3幕はその勢いで終幕までまとまった、という印象。

難破の場面は船上なので動きが少ないし、開幕したばかりで登場人物紹介の面もあるけど、多すぎる役者にそこそこの台詞を割振った上に歌舞伎のテンポで話すので、正直遅い。これを書いている時点ですでに序盤の内容をほとんど忘れていて、検索しながら書いている。乗組員が減るほどにテンポが良くなっていって、3幕は主要な登場人物が限られるので話もわかりやすいけど、今回唯一の歌舞伎以外役者の八嶋智人が大げさかつスピーディーな台詞回しを披露。これが本来の三谷芝居のスピードだよなと認識。二部制の月は休憩を2回挟んで3幕4時間は持たせないといけない歌舞伎座のルールとはいえ、特に前半は間延びしたうらみがある。後半は面白かったけど、「決闘! 高田馬場」の勢いを思い出すに、全体であと30分は短くしてほしかった。

一番盛上がったのは犬だったけど、あの毛並みと動きは拍手喝采したくなるのももっともな出来で、単純に楽しめる。染五郎が初見でどんなものかと思ったけど、さすがにまだまだで、ただし気になる声質がどことなく将来を期待させる印象を持った。

2019年6月 9日 (日)

松竹製作「六月大歌舞伎 昼の部」歌舞伎座

<2019年6月7日(金)昼>

ダイナミックで賑やかな踊り「寿式三番叟」、名作の場面を女性に置換えて踊りで見せる「女車引」、鶴ヶ岡八幡宮に参詣中の大庭三郎俣野五郎兄弟と梶原平三景時の前にのっぴきならない事情で刀を買取ってほしいと現れた翁と孫娘、刀の目利きをした景時は太鼓判を押すも試し切りをしないと買わないという兄弟、だが重ね切りを試したいも罪人はひとりしかおらず「梶原平三誉石切」、遊女・梅川に惚れあった亀屋忠兵衛は身請けの手付金を払うも後が続かない、そこへ同業の丹波屋八右衛門が梅川を身請けすると割込んできて「恋飛脚大和往来 封印切」。

朝一番からノリのいい鳴物の合せて激しく踊る「寿式三番叟」は、観ているこちらも身体が揺れて踊りたくなる一本で、終わって三番叟は誰だと確認したら幸四郎と松也。幸四郎ってあんなに踊れるのか。それを落着かせる「女車引」。「梶原平三誉石切」は吉右衛門の景時もいいけど、それは翁の歌六と孫娘の米吉の迫力のためでこの2人の出来が素晴らしい。「恋飛脚大和往来」は「近松心中物語」の原作の一本で、仁左衛門のチャラい忠兵衛なんぞにほれるものかというところ、愛之助の八右衛門が低い声で嫌味を言っていいバランス。

4本観てこれだけ当たりだらけの歌舞伎はひょっとしたら初めての経験。歌舞伎勉強にもいい感じなので、安い席でもいいからたまには歌舞伎も如何。

2019年4月21日 (日)

松竹製作「実盛物語」歌舞伎座

<2019年4月20日(土)夕>

 

平家の時代に源氏の子を身ごもる夫人を匿っている百姓家。源氏の仲間に連絡しようと出した娘は帰ってこない。そこに夫人の見回りに侍が来る。実は源氏贔屓の斎藤実盛は、産まれてくるのが男子ならその場で始末すると意気込む同僚の瀬尾十郎をなだめて追い返す。が、それを怪しんで隠れていた瀬尾に、出産したことをつかまれる。赤子が男子か女子かと詰寄る瀬尾に百姓夫婦が差出したのは、切られた女性の腕。さきほど川に流れてきたものを拾ったものだった。それを手掛かりに実盛は瀬尾を言いくるめて一度は切り抜けたものの・・・。

 

あっさり人が死んだり死ななかったり、入組んだ人間関係だったり、歌舞伎だけど小劇場的な要素満載の物語。筋だけ見れば陰々滅々な芝居になるところ、妙にさわやかでむしろめでたい仕上がりになったのは何と言っても仁左衛門の色気と華やかさ。そこはこんなインタビューが見つかった。たしかにこんなやり方もあるんだな、と納得させられた。

 

「演目によっては深く掘り下げなければいけませんが、こういう演目は、ご覧になる方にもドラマや理屈ばかりを追い求めるのでなく、歌舞伎独特の雰囲気というものを味わっていただきたいですね。歌舞伎には役者の華で魅せる芝居というものもあるのです」

 

それはそれとして、主要登場人物に話が集中しているせいか、役者を楽しむ見方もできる。全員いい感じだったけど、仁左衛門以外では特に瀬尾十郎の歌六がよかった。出番は少ないけど夫人の葵御前の米吉も声が色っぽかった。そして台詞の多い子役は寺嶋眞秀のクレジット、寺島しのぶの息子だ。

2019年4月16日 (火)

松竹製作「御存 鈴ヶ森」歌舞伎座

<2019年4月13日(土)昼>

 

雲助の物取りがたむろする鈴ヶ森。そこでつかまった飛脚が命惜しさに差出した手紙にあったのは、故郷で人を殺めて手配になった白井権八の名前。捕まえれば褒美がもらえると一同が色めきたったところにやってきたのはまさにその人で、繰広げられる大立回り。そこに駆けつけたのが幡随院長兵衛。

 

菊五郎が白井権八で吉右衛門が幡随院長兵衛。落語その他でこの2人が有名になっていて、その出会いの場面が特に有名だからご存知という題名、という前知識も今は必要とされる時代。大立回りのところでいろんな切られかたをするところが見所。深いこと考えずに楽しんでくれや、という1本。

2019年2月12日 (火)

松竹製作「二月大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

<2019年2月11日(月)夜>

息子の初陣を案じてあえて陣中に駆けつけ主人に様子を尋ねる妻だがそこには敵方の武将の母も現れて仇討ちを狙う「熊谷陣屋」、親の仇を討つために踊りを披露する名目で屋敷に入った兄弟が踊る「當年祝春駒」、派手好みで旦那もいれば情夫もいる芸者に入れ込んで貢いだ行商人だが袖にされ「名月八幡祭」。

幕見席の通しで観劇。熊谷陣屋は、チラシのあら筋は読んで臨んだけど、まったく不覚なことにしゃべっている台詞の1割も言葉として理解できなくて、あら筋の内容すら観て取れなかった。芝居観すぎて疲れていたのは確かだけど、あまりのわからなさにひょっとして病気かと自分でも驚いた。有名な古典だから筋も台詞も知っている人は多いだろうけど、純粋に日本語として聞き取れている人はどのくらいいたのか。

代わりに楽しんだのが名月八幡祭。わかりやすい筋立てに、歌舞伎には珍しく照明と効果音を使ったクライマックス。堅気の新助を演じる松緑の明晰な台詞と最後の笑い声、それをかばう歌六の大人振り、芸者の美代吉を演じる玉三郎の色っぽさ(相手に気を持たせるうちわの使い方が素晴らしい)、そして情夫という名のヒモ男が最高に似合う仁左衛門。見どころが多い。新歌舞伎っていいものだ。

當年祝春駒、難しいことを考えずに単に音と動きのきれいなことを追えばそれでもよいのかと思えたら、楽しめた。

2018年12月26日 (水)

カタルシツ演芸会「CO.JP」スーパーデラックス

<2018年12月23日(日)夜>

最近よくないことが続く男が訪ねた「霊媒師」、スーパーでつかまった高校生が盗もうとした品がどうもおかしい「万引き」、久しぶりに新刊を出した作家が宣伝で話すインタビュアーの話し方が気になる「インタビュー」、クラスメートからは仲良く構ってもらえるものの不満がある「転校生」、妻が入院して駆けつけた夫に医者が病状を説明する「手術」、引越した友人の家を訪ねたらなぜか取付けられている「ボタン家」、主人が亡くなって犯人を見つける「名探偵」、順調に正解を続けているが「クイズ」、栄えある一等賞に選ばれたものの「メガネ男子」、計画を立てて押しこんだはずだったが「銀行強盗」、日本を救え「ジャパンレンジャー」。

順番とタイトルは一部適当。コントと演劇の境界を探ると銘打ったが「ゴリゴリのコントに仕上がりました」との前口上で始まるコント集。深いことは考えずに笑えるコントが並ぶ。こういうのを観るときは意地悪い気分で笑ってやるものかと身構えるけど、笑わされた。設定の妙に負けた「転校生」とあんまりな展開にやられた「名探偵」が特によい。たまにアドリブが入って共演者が笑うのはわかるけど、あまりにも上手い間がはまって共演者が笑うのはほどほどにとは思う。それも含めて面白かった。こんなにリラックスしていた客席の雰囲気は久しぶり。

横長の舞台を三方から囲むのでサイド席だと表情が隠れる場面もあったはずだけど、顔や仕草に頼る笑いが少なく声でしっかり突込みが入るから、わからなくて笑えないことはほぼない。それは逆にいうと設定と構成がしっかりしていた証拠。他人を馬鹿にするような要素もなく、政治的な話もなく、誰が観ても等しく楽しめる見本のようなコント集。

それとは別の感想として、ゴリゴリのコントとは言っていたけど、出来上がったものは演劇に近い。具体的にはKERAの芝居を観ているような気分になった。不条理劇と呼ばれる分野の脚本を書いて喜劇的に演出するKERAと、理不尽だったり強引だったりする設定やそこへのツッコミで笑いを取る今回の公演と、そんなに差はないことを実感。場面がつながって一本の物語になるか、ならないかだけが違いではないか。あるいは、困った(けどあり得ないことではない)場面に追詰められた登場人物がおかしいのがウェルメイドな喜劇で、理不尽な(本来あり得ない)場面に振回される登場人物がおかしいのが不条理劇で、それが短いコントになっていても長い物語になっていても根は同じではないか。今回のコントが不条理劇風味のラインナップで揃っていたのは、やっぱりコントと演劇の境界を探った成果ではないか。

こんな感想を書くのは、ついこの前「風の演劇」という別役実の評伝を読んだから。この本の中でも三木のり平やKERAを絡めて、不条理劇は喜劇に近いという話が載っていた。よく考えたら別役実は一度も観たことがないけど、コントだと思って機会があったら臨みたい。