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2026年9月 4日 (金)

松竹製作「秀山祭九月大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

<2026年9月3日(木)夜>

華やかな儀式の舞「雛鶴三番叟」。場所は東海道の沼津、得意先との商談忘れで荷物持ちの手代を返した十兵衛は、貧しい荷物持ちの平作に荷担ぎを頼むものの力は足りない足を怪我すると散々なところ、道行で出会った平作の娘お米に一目ぼれして平作の家で一晩厄介になろうとするのだがこの親娘には秘密があった「沼津」。今も忘れない太夫を模して人形を彫った左甚五郎だが、完成祝いに酒を飲んでいたら人形が甚五郎の真似をするので試しに太夫の持物を持たせてみたら「京人形」。平家全盛の世、阿呆と噂の公家である一條大蔵卿の元に源義朝の妻だった常盤御前は嫁ぐが、源氏復興を目指す吉岡鬼次郎は妻お京の手引きで常盤御前の真意を質すため屋敷に忍び込む「一條大蔵譚」。

「雛鶴三番叟」は3人の誰がどの役かわからないものの華やかな舞台で華やかな踊り。ただ初めに紫の着物を着て出てきた人は膝が辛そうで上下の動きがやや乱れていた。和式は踊りでも何でも膝が大変だなと余計なことを考える。

「沼津」は仁左衛門はともかく平作の歌六とお米の孝太郎の台詞がいまいち聞き取れず、物語の筋を家に帰ってから確かめることに。唐突な仇討の話は「伊賀越道中双六」の一幕だからそうなのだと合点。こちらも疲れていた自覚はあったが、もう少し明瞭な発声を求む。

「京人形」は適度に説明芝居を含めての踊りとなる前半が、いかにも人形らしい動きと甚五郎の真似の動きと太夫の動きを踊り分けるところが愉快で、演じた時蔵が見事だし甚五郎の松緑との息もなかなか。後半、唐突に隠れていた姫を襲う捕手の体術を堪能しつつ彫刻道具で立向かう甚五郎という支離滅裂がいっそ楽しい。今回一番楽しんだ1本。

「一條大蔵譚」は動きよりも台詞で想いの丈をいかに伝えるかの1本。染五郎演じる一條大蔵卿の阿呆と真面目の切替えや心の大きさを表す様子には感心。ただしこれも台詞がいまいち聞き取れず。やはり疲れていたか。

良席で観られたが、そうすると正面から見た舞台の美しさが伝わる一方、良席でも台詞がいまいちわからない体調で臨んでしまったのが悔やまれる。

2026年8月24日 (月)

松竹製作「八月納涼歌舞伎 第二部」歌舞伎座(ネタばれあり)

<2026年8月23日(日)昼>

家賃を溜めたまま貧乏長屋の嫌われ者である駱駝の馬太郎が死んで、金のない兄貴分のやくざ者が大家から弔いの準備をせしめようと紙屑屋と一緒に大家を脅す「らくだ」。主家の刀を奪われたために目が見えず浪人になった男と知合った盗賊の頭お松は男と子を成して後、何とか刀を取戻そうと峠を越える刀持ちを片っ端から襲っては奪われた刀を探すが、ある日のこと、家の前で襲われる男女を助けてみれば夫のかつての許嫁と、自分が襲った男の兄の付人で「百千鳥沖津白浪」。

「らくだ」はなかなか歌舞伎では出てこない死体役を使ったカンカン踊りをどれだけ面白く見せるかの気軽な1本を、軽さが信条の幸四郎とべらべらまくしたてるのも上手な勘九郎が賑やかに演じる。片岡亀蔵追悼とあるのはこの死体の馬太郎役が亡くなった片岡亀蔵が上手だったかららしく(未見)、今回演じた片岡市蔵はその兄。芝居中にも思い出話や亀と唱える場面を何度も出して会場も拍手。合掌。

本興行では62年振りという「百千鳥沖津白浪」は、ラストに子を預けてのお松の啖呵はさすが七之助。ただしお松は「後ろ暗い盗賊の身分を隠して夫を想う妻」「すでに子を成しているがまだ結婚していないところによい家柄の本来の許嫁がやって来たことで身を引いたほうが男の仕官復帰が叶うものの子供の行く末に悩む女」「刀を探すためにかつて男の兄を殺めたことに気が付かされて後悔する盗賊の頭」という3つの悩みどころがあって、1番目と2番目は念入りなものの3番目が薄い。これは最後は男から身を引いてお縄に付くことを選ぶ有力な動機の1つのはずなので工夫の余地あり。

あとは時間稼ぎの暇話。七之助に娘が生まれたそうで、それは目出度いものの、よりによってこの演目の中での話題にはちょっと浮く。着替えに時間が掛かるのはしかたないとしても、あそこは夫の目が見えないならその場で着替えて見せるとか時間短縮の手はいくつかありそう。よく出来た話なので演出を立てて再演も目指してほしいところ。

2026年7月12日 (日)

松竹主催「御浜御殿綱豊卿」歌舞伎座(Aプロ)

<2026年7月11日(土)昼>

浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかり切腹してから1年後。将軍の甥である徳川綱豊の屋敷では無礼講で奉公人たちが遊ぶ日である。奉公人の1人で綱豊の覚え目出度いお喜世に、兄の富森助右衛門が手紙を届けにやって来る。またそのついでに皆が遊ぶ様子を見て帰りたいと頼む。お喜世は上司にあたる江島に許しを得るが、そこに酔った綱豊がやって来て次第を聞く。今日の月見の客として吉良上野介がやって来ることになっており、助右衛門が赤穂浪人であることも知ってなお、見学を許し、なおかつ酒をふるまって自分の座敷に連れてくるよう江島に命ずる。立場として浅野内匠頭の切腹の沙汰を認めないわけにはいかないものの、浅野家再興はすでに幕府上層部の間でひそかに有力な意見となっていた。だが実は主君に対する忠義が見たいと密かに考える綱豊。恐れ多くも綱豊相手に酒はいただけないと隣の部屋から近寄らない助右衛門を相手に、ならばその敷居をまたがせてみせると、綱豊は赤穂の話を滔々と繰広げる。

通常チケットが手に入らず幕見で見物。酔って喜世に絡む仁左衛門、忠義が見たいと惜しむ仁左衛門、吉良の狸親父に浅野がかなうわけがないと笑う仁左衛門、大石蔵之助の茶屋遊びに欠けるところがあると諭す仁左衛門、激高した助右衛門相手に刀を握って構える仁左衛門、とにかく仁左衛門の芝居だった。中村莟玉お喜世と、孝太郎の江島が脇を固めて安定。助右衛門演じる幸四郎の軽さが恨めしいも、今回は仁左衛門の重厚さを引立てる形と言えなくもない。

元禄忠臣蔵の1幕とは後で調べてわかったこと。背景の説明からすべて台詞のため、仁左衛門だから保たせた芝居。他の役者がやったらどうなるかとは気になるも、Bプロを観に行く余裕が。

2026年5月31日 (日)

エイジポップ/CEDAR主催企画製作「十二人の怒れる男」博品館劇場

<2026年5月30日(土)夜>

ニューヨークの裁判所。少年が父親を殺したと告発された裁判。3日間の裁判が終わり、有罪になれば死刑とわかっている。評決を下すために部屋に集められた12人の陪審員も大半が有罪を信じていたが、1人だけ無罪を主張する。それも少年の無罪を確信してのことではなく、もっと議論するべきだという主張だった。早く帰りたい者も多いが、有罪か無罪かを出す評決は全員一致が決まりのため、仕方なしに裁判の証拠を振り返る議論が始まる。

映画は観たことがあってオチは知っていたものの、改めて観るとこれぞ脚本の力と思い知らされる1本。若手とベテランを上手に混ぜた配役はベテランが圧巻の域。有罪強硬派である陪審員3番の中村梅雀と、陪審員10番のモロ師岡の、あれだけ怒鳴るのに観ていて不快にならない演技はお手本にされるべき。陪審員9番の佐藤B作はあの短い手番に笑いを突っ込んでくるアクの強さは3番か10番でもいいくらい。陪審員長の大鶴義丹は抑えた役どころを確実以上に。若手はそれぞれ大健闘で、代表してセールスマンの陪審員7番の今江大地を挙げておく。違和感皆無の小田島恒志と小田島則子のこなれた翻訳、実測2時間40分、生の人間がぶつかり合うやり取り。チケット代が高いのが難点も観れば確実に楽しめる。まだ間に合うのでお勧めしておく。

今回調べたところ、自分の観た映画は1957年製作だが、今回上演された舞台版は1955年初演、さらにオリジナルは1954年のテレビドラマ(生放送)と知って驚く。半世紀を優に超えても全然古くない。

2026年5月17日 (日)

松竹/梅田芸術劇場主催「ハムレット」日生劇場

<2026年5月17日(日)夜>

王である父を亡くして悲しみに暮れるデンマークのハムレット王子。それから二か月しか経っていないのに母が叔父と再婚を決めてさらに悲嘆していた。だが父王の亡霊を見たと夜警の兵士から教えられて見張っていると、はたして父王の亡霊と出会う。叔父に毒殺されたのだと伝えられたハムレットは、叔父に復讐を果たすために狂人を装って機会をうかがう。

美術や衣装で多少の工夫はあるも直球演出のハムレット。国王の石黒賢、王妃の柚香光、大臣ポローニアスの梶原善の3人がまずまずで頑張るが、タイトルロールの染五郎がパワフルではあるものの主人公の奥行きを出せずに合格点未達、他は年齢が点数くらいか。個々によい場面はあったものの、シェイクスピアの中でも主人公に掛かる比重が高いので上演後半の染五郎の進化に期待する一方、一筋縄ではいかない重い古典に臨むのであれば若手はせめて声を腹から出せる役者を揃えられたし。

2026年1月13日 (火)

東宝製作「ピアフ」シアタークリエ

<2026年1月12日(月)昼>

貧しい生まれ育ちからチャンスを掴んでのし上がったものの、愛する男がいないと駄目な歌手、エディット・ピアフ。その波乱の人生を歌に乗せて伝える舞台。

「愛の賛歌」は有名なれどここまで破滅型の人とは知らなかった。いかにも大竹しのぶに向いた芝居で、役は手の内にすっかり入っているものの、声の迫力がやや足りないのが残念で、初演かせめて再演のころに観たかった。友人を演じた梅沢昌代は今更だけどさすがでわかる、マレーネ・ディートリヒと秘書を演じたのが彩輝なおもよい感じでわかる、だけど眼鏡革ジャンの興行主を演じていた男性役者もよかったけど誰だかわからない。

松竹主催「壽初春大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

<2026年1月11日(日)夜>

自分に逆らう侍や関係者を始末しようとする蒲冠者範頼、そこに暫くとの掛声で巴御前が駆けつける「女暫」。白拍子と出会った樵の正体が実は「鬼次拍子舞」。油屋河内屋の次男与兵衛は放蕩がすぎて勘当されたものの明日までに借金を返さないといけない、窮して幼馴染ですでに結婚している豊嶋屋の女房お吉を訪ねるが「女殺油地獄」。

男版も含めて初見だった「女暫」はネタだくさんの顔見世芝居で、七之助の堂々たるふざけっぷりに拍手。踊りの良し悪しはわからないものの良さそうな踊りと揃った音楽の「鬼次拍子舞」では、節はあるもののわかりやすく語ってくれた謡が一部あって耳を引いたので(中央の人)、いつもあのくらいでやってほしいところ。「女殺油地獄」はAプロ。心の弱さがある時は甘えにある時は辛抱の利かなさになって遂に思い詰める与兵衛はおそらく現代風の役作りメソッドと相性がよさそうなれど幸四郎の役作りにぶれがあって芯が見えず惜しい。女暫でも女鯰若菜で活躍した新悟がここではお吉を好演して要注目、徳兵衛の歌六とおさわの梅花とおかちの宗之助もよい感じ、白鸚休演が残念。

2025年12月14日 (日)

松竹主催「十二月大歌舞伎 第三部」歌舞伎座

<2025年12月6日(土)夜>

大店の番頭に囲われているお富が、雨宿りしている顔なじみの番頭を連れて家に戻ると、強請目当てでやって来たのは蝙蝠安と与三郎。かつての色男もお富を逃がした見せしめに身体中が傷だらけで強請の手伝いをする毎日。そこでお富に顔を明かした与三郎が詰寄るところに「与話情浮名横櫛 源氏店」。大きな国を総べる大王が病がちになって、二人の王子であるヤマヒコとウミヒコに命じたのは永遠の命を得られるという火の鳥を捕まえてくること。長い旅路の果てにようやく捕まえたかと思ったのだが「火の鳥」。

「与話情浮名横櫛」は前に通しを観ていたので「源氏店」だけでも筋に迷うことはありませんでしたが、それがなかったらここだけ切出すのは不親切と考えたところでした。玉三郎のお富に染五郎の与三郎で、話題の組合せと芸の継承を急いだのでしょうか。玉三郎はさすがでしたが、染五郎は悪さと色っぽさとを兼ね備えた役はまだまだ苦手そう。強請仲間の蝙蝠の安五郎を演じた松本幸蔵の下手から強気まで幅広いところが目を惹きました。

「火の鳥」は壮大なロードムービーとでも言うべき仕上がり。物語の筋立てで言えばやや性善説というか、人類と地球の対比というか、正直に言えば20世紀の楽観が残ってやや古い世界観ではないかとは感じました。あと脚本の言葉選びももう少し大和言葉に寄せてほしかった。ただし、歌舞伎座の素舞台をさらけ出したり、あの広い舞台いっぱいの幕に映像を映して後ろの舞台と合せて長い旅を示してみたり、そこに長く厳しい旅に相応しい音楽を流したりと、昨今は忘れ去られたようなスケールの大きさはさすが玉三郎でした。火の鳥を演じたのも玉三郎ですが、ああこれは玉三郎でないと成立たないだろうなと思い知らされました。

で、兄王子ヤマヒコを演じたのが染五郎なのですが、これがものすごく格好いい。高麗屋と言えばニンは三の線と勝手に思っているのですが、父である大王のために弟を連れて長旅を目指す責任感と真っ直ぐな心を衒いなく出して行動する主人公感が、そして殺陣の立ち回りが、ものすごくいい。客席を歩くサービス(兼場面転換の時間稼ぎ)もあって割と近くでも観られましたが、顔も整っていました。「源氏店」の与三郎よりは現代っぽさのある2枚目が得意なんでしょうか。これは「阿修羅城の瞳」も「阿弖流為」も待ったなし。松竹はここで全突っ張りするべきです。

そして病がちな割に妙に目を惹いた大王が誰かと思ったら中車でした。いろいろあって謹慎から少しずつ慣らしているところで、報じられた話は褒められたものではありませんが他の役者のもっとひどい所業に比べるとまだまし。そして上手なものは上手。

これが歌舞伎かと言われると迷うところですし、先にも書いた通り不満も目につくのですが、観終わってみれば結構良かったという感想です。それは夏の初演を経て再演でこなれていたのもあるでしょうし、何と言っても玉三郎に加えて染五郎と中車を得られたのが大きい。このタイミングで一度は観られてよかったと満足しています。

2025年11月16日 (日)

劇団☆新感線「爆烈忠臣蔵」新橋演舞場

<2025年11月15日(土)昼>

天保時代。元役者の父に山の中で育てられた娘は、江戸で役者になる、忠臣蔵で大星由良之助を演じる、そして大看板役者になることを夢見て江戸に出てくる。だが女性が舞台に立てない御法度が出てから久しく、また天保の改革を前に歌舞音曲に目を付けられたくない小屋主たちも認めない。そんな中で女性も出ている闇芝居があるとこっそり教えられて連れて行かれたのは、無宿人が集まる島だった・・・。

芝居やミュージカルの有名な演目、サブカルというほどサブでもない有名な漫画やアニメ、そして新感線について、知らなくても楽しめる、知っていればなお楽しめる、これでもかと詰込まれた脚本は劇団員が集まった中途半端な45周年に相応しい内容。最後はスペシャルゲストに任せ過ぎではないかと思わないでもないものの、そこまでのハチャメチャを考えれば許される。

内容を云々するのも野暮なので役者寸評。主人公まで劇団員で欲張らずに小池栄子を連れてきたのが好判断で、カーテンコールで駆けてきたときの笑顔に文句なしの拍手。元劇団員の橋本さとしは出番多数のおいしい場面多数で商業演劇での活躍多数に恥じない出来で、右近健一とのデュエットで美声を無駄遣いする場面はこの日一番のお気に入り。もはや劇団員の早乙女太一は相変わらず切れのいい殺陣を馬鹿衣装と一緒に披露してさすが。高田聖子と粟根まことが本格演技と馬鹿演技の切替を見せるも、どれだけ真面目にやっても小劇場新感線を失わなかった(褒め言葉)のは羽野晶紀。その分だけ他との絡み控えめで終わってしまった橋本じゅんが惜しい。タッパ高くて顔よしの向井理は顔が小さすぎて髷が似合っていないものの二役こなして活躍。そして古田新太はそれなりの役なものの出番控えめにしたのは正しい判断で、身体が動かなくなったのでは致し方なし。他は侍姿と芝居が妙に様になっていた世直隊長の川原正嗣と采女家臣の武田浩二を挙げておく。

あとは本筋とは関係ないけど、歌舞伎の見得を切る場面であれだけの役者がそろっても歌舞伎役者のように見得を切るのは難しいのだなとは発見だった。身体を大きく柔らかく使えないといけないのか。

<2025年12月21日(日)追記>

橋本さとしを橋本じゅんと間違えていたので修正。さすがにそこを間違えてはいけない。

2025年11月12日 (水)

松竹主催「吉例顔見世大歌舞伎(夜の部)」歌舞伎座

<2025年11月8日(土)夜>

春駒売りに姿を変えた曽我十郎と曽我五郎の兄弟が父の仇である祐経と対面する舞踊「當年祝春駒」。伊勢で歌舞伎を演じる一座が義経千本桜を演じてまあまあ評判を取っているが、上演のために役者をなだめたり大道具のトラブルに応じたりで舞台裏は大わらわ、狂言作者が振回されている。そこに座元が慌ててやって来る。上演中の義経千本桜は座元が原案を出していたが、実は上方の人形浄瑠璃で上演されていたものを勝手に盗んで上演していたのだが、原作の作者が芝居見物にやって来るという。その場で上演中止などと言われたら大損害なので何とか全力で上演して認めてもらおうと考えるのだが、そう考えない人もいれば、こんなときに失敗する人もいて一層大わらわに「歌舞伎絶対続魂(ショウ・マスト・ゴー・オン)」。

「當年祝春駒」は曽我兄弟ものってこんなに華やかな話だっけと考えながら美しい踊りを堪能。

「歌舞伎絶対続魂」は近年のオリジナル版は観た上で見物。義経千本桜も先月観たばかり。それなりに面白い場面も見所もあるもののオリジナルほどきっちり収まる脚本ではなく、個別個別の場面が独立感が強い。この辺は何度も上演して磨いてほしい。

こちらの不勉強を挙げれば、役者役はともかく、裏方の仕事が何をやっているのかよくわからなかった。大道具と附打と囃子方はわかっても狂言作者と座元と頭取の違いを前知識なしで理解できず。そこに拘らずとりあえず上演しようと頑張る人たちだと見做してしまえばいいと頭では分かるもののそれでは納得がいかない。三谷幸喜の芝居にしてはいささか不親切。

あとは客席。若い雰囲気がしたのは結構。だけど若干のネタバレ込みで書くと、終盤に「義経千本桜 川連法眼館」の場の一部を演じるけど、あの場の観客のノリが良すぎて公演1週間目にしてすでにリピーター多数かと疑われるレベル。ああいうのはこう、巻込まれるような感じで少しずつ盛上がるのが客席は望ましい。

役者寸評。現代風新作初演だと型に逃げられないので役者の役作りの地力が問われるところ、二日酔い役者の獅童がいい感じ。狂言作者の幸四郎は振回されたときの反応がややワンパターンになりがちなのが惜しい。座元の愛之助は何に慌てているのかわからないのでもっと工夫がほしい。あと目に付いたのは少しだけ出してほしい遊女役は、新悟でいいのかな、男女役のややこしいところを整理して上手。白鸚はちょい役すぎてもっと観たい。染五郎は現代風の劇展開はこれから。そしてこの大舞台にまったく負けない大道具の阿南健治と、なぜあそこまで可笑しくなるかの浅野和之は、さすが三谷作品を多数経験しているだけのことはあるし、期待した通りの間でやってくれるのがありがたい。

あまり花道を使わないのと、休憩挟まずの2時間5分で通してくれるのは親切だし、終わるのが8時前なのも遠方の人としてありがたい。ただ夜の部の開演が5時というのは結構慌ただしい。この日は昼に新宿で4時前まで別の芝居を観ていたので移動と食事仕込みで、せっかく銀座に行ったのにぶらぶら歩く余裕もない。歌舞伎だからそこはまあしょうがないとしても、やっぱり土日祝日は1時6時の開演がいい。

<2025年12月28日(日)追記>

リンクがおかしかったので修正。

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