2010年8月 1日 (日)

NODA・MAP「ザ・キャラクター」東京芸術劇場中ホール(ネタばれありあり)

<2010年7月31日(土)昼>

とある町の書道教室。生徒にランクをつけて、高ランクの生徒は住込みで学びながら別の生徒に教えるシステム。ある日、海外旅行から帰ってきた家元はギリシャ神話に感動したので古代ギリシャ式に改めると言い出す。そんなところにやってきたのが、人探しの女性2人。

2ヶ月公演の終盤ぎりぎりになってようやく観られた野田地図。小劇場垂涎のキャスティングで臨んだ初の中ホール公演でしたが、これは駄目だったと言いたい。理由は以下全力のネタばれで。

住込みのシステムは生徒に財産を拠出させているのが理由の悪徳教室。これに「書道」から「紙」から「神」の連想で、家元が段々神のように振舞うようになっていく。そうなる前振りとして行方不明になった家族を探す2人が絡んで、時間を前後にずらしながら、団体がエスカレートしていく様子を描きます。

ということで、察しのいい人は気がついたと思いますが、後半3分の2はオウム真理教の事件そのままです。この「そのまま」というところが私が一番引っかかったところで、あの世界に残るテロ事件とそれを引起した人間たちが嵌るまでの経緯が浅すぎる。もちろん家元=松本智津夫の詳細を想像で描くのは控えたほうがいいし、主要メンバーで今も逃亡中の犯人もいるのですが、それならそれで、被害者とか、下っ端の生徒=信者とか、もっと違う視点を中心に描いたほうがよかった(2人の女性は家族を拉致された立場ですが、それも片方は潜入捜査っぽくなって微妙)。もっと言えば、中途半端にギリシャ神話でまぜないで、ストレートプレイにしたほうがよかった。

表現の自由と言っても、こんな内容を上演すると何が起きるかわからないとタブー扱いになるところ、これは野田秀樹の実績と実力に加えて、芸術監督をやっている劇場での上演、そして引かなかった役者スタッフがいてこそ実現できた企画だと思います。これを千秋楽まで無事に行なうことができれば(何も起こらないと信じたいですが)ひとつのタブーが消えるので目出度いのですが、でも芝居が現実に負けていた。野田秀樹をもってしても負けた。

付加えるのであれば、2ヶ月公演の終盤のための疲労蓄積と、ゆったりしすぎて芝居に向かない劇場のつくりという二重のハンディはあるのですが、じゃあこれをシアターコクーンでやって、どこまで芝居のまとまりが出たかは「もし」の話になるのでやめておきます。

ただ、そんなハンディを全力で跳ね返して勢い余って舞台から落っこちてあっというまに盛返したチョウソンハには惜しみない拍手を送りたい。あと、声に疲労を感じたけど緊張感は途切れさせなかった宮沢りえと美波の2人にも。

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2009年12月13日 (日)

庭劇団ペニノ「太陽と下着の見える町」にしすがも創造舎

<2009年12月12日(土)夜>

精神病院とおぼしき場所で繰広げられる妄想の数々。

よく考えたら劇団でみるのは初めてかもしれないタニノクロウの新作は「パンチラ」。新鮮ではありましたけど、賛否のわかれるところ。個人的には個々のエピソードが細かすぎて散漫な印象あり。

医者や患者の妄想がパンチラと共に語られるという芝居ですが、語られている内容とパンチラは必ずしも一致しない、というか、関係ないことも多い(笑)。個々のエピソードはそれっぽいのですが、それを一本の芝居につなげてしまうあたりの強引さは素晴らしいです。途中から見切れ対策なのか、パンチラどころかパン見せになっていました(笑)。どうせなら、パンチラ席と非パンチラ席に分けると面白かったかも。

どれが誰の妄想かについては、最後でちょっとネタがあるのですが、これの解釈がちと難解。まあ好きに解釈すればいいや。

あと、これを芝居として成立させるために音響は外せません。タイミングといい、不快感といい、芝居のスタンスをもっともはっきりあらわしていたと思います。ついでに言えば、音がとてもクリアで、機材もよかったと思います。

次回以降も、大きくてチケットの取りやすい劇場だったら、観に行きたいと思います。

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2009年12月12日 (土)

グリング「jam」東京芸術劇場小ホール1

<2009年12月12日(土)昼>

軽井沢にあるペンション。周りは続々閉鎖しているが、食事のおいしさに常連がついて、そこそこやっている。地域の年末の第九イベントに向けて指揮者とピアニストを招いて練習が重ねられており、その人たちの宿泊先にもなっている。今月の練習が終わり、一段落の飲み会を開こうとした夜の話。

今回で活動休止公演のグリングは再演もの。再演でもあまり役者を変えない劇団という印象があるのですが、今回は大分入替えての上演。6年前ですでにこれだけの脚本でやっていたのなら、いまさら劇団でもないよな、という完成度(ラストのひとつ前に場面を追加したくらいだそうな)。後味のよさと悪さを両方兼備えた良作。

ペンション経営家族の家庭事情に、宿泊客の思惑が交錯。思惑のいくつかをはっきりさせないことで、どうなるかなと期待を持たせる展開。何かを遠慮することで成立っていたバランスが、行動に移されたことで変化を生じるまでのいきさつを、実に上手に描いています。休止公演の脚本に選んだだけのことはあります。

が、その脚本のせいなのかキャスティングのせいなのか、過去のグリングの芝居がデジャブするような感覚もあったりなかったり。コンパクトにまとめた舞台で、一幕一場リアルタイムの1時間45分。これは劇団以外の役者だけでもう一度上演してほしいです。ピアニスト役の松本紀保はサバサバした女性を好演。この人はもっと小劇場に出てきてほしいですね。

で、芝居には何の問題もなく楽しんだのですが、たまたま知らずに観に行ったらアフタートークがあったので観たのですが、これが今まで観たアフタートークの中で最悪に下品なものでした。青木豪が脚本を書いたテレビドラマが今度放映されるようで、その宣伝も兼ねて監督とプロデューサーが登場したのですが、jamの話をしたのは最初だけ。あとはひたすらドラマの撮影話に終始する。途中で中野英樹と萩原利映も登場したのですが、それもドラマの話に終始。

別に1時間もあるならドラマの宣伝をしてもいいですけど、あくまで舞台のアフタートーク。「取材が長いと聞いていたらドラマの取材は短かった」というエピソードを出すなら舞台の脚本の取材の話を振るとか、「監督は役者を安心させる」という感想を出すなら舞台稽古のときの青木豪の話を訊くとか、「(ドラマの出演者である)泉谷しげるが青木豪の父親に似ている」のを披露するならjamでは誰かモデルはいないの尋ねるとか、いくらでも舞台の話と絡める機会はあった。舞台のアフタートークなんだからもう少しバランスを考えろ。「余韻が醒めるからアフタートークには出たくない」と監督とプロデューサーは最初に言っていたけど、こんなトークを聴かされたこっちが興醒めだ。こんなアフタートークならやめちまえ。

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2009年11月22日 (日)

バンコク・シアター・ネットワーク「農業少女」東京芸術劇場小ホール1

<2009年11月21日(土)夜>

タイの北部に位置する農村の、農家の少女。できるだけ農業から離れたいと願っていた少女が、たまたま乗過ごした電車に乗ってバンコクに。そこで関わることになったボランティアの行方。

赤鬼と同時上演のこちらはタイ人による現代演劇。当日パンフやアフタートークで話されていた通り、農業(米)をめぐる状況は日本とタイとで非常に似ているそうで、設定がタイになってもまったく違和感なし。よい感じでした。

役者の演技も癖が無く、身体がよく動くので観ていて楽しいです。主人公をめぐる2人の男はいい役者です。6つの箱で舞台を組替えたり、ちょっとした衣装の工夫で役を早変わりするあたりは、野田秀樹の舞台に通じるものがあります。

もったいない点を挙げると、イヤホンを聞きながらだったため声には集中しづらかったので、字幕のほうがよかった気がします(後ろの壁は使っていなかったので場所には困らないはず)。あと、照明がもうすこし派手でもよかったかも。輪郭のはっきりした照明が全然なくて、なんかぼうっとしていました。

残念な点を挙げると、私はサイド席で観たのですが、これは正面席で観たほうがわかりやすいように構築されていました。わからないとか見切れるということはないのですが、後ろでも端でもいいので、これから席を選ぶ人は正面席を選びましょう。

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バンコク・シアター・ネットワーク「赤鬼」東京芸術劇場小ホール2

<2009年11月21日(土)夜>

海辺の漁師村、ある嵐の夜にどこからともなく現れたひとりの男。言葉も通じず見た目も違う男を、「赤鬼」と呼んで拒否する村人。その「赤鬼」をはからずも匿うことになった、村八分の兄妹の話。

リケエというタイの大衆演劇バージョン。タイの歌舞伎+舞踊+囃子みたいなものです。非常に興味深かったのですが、総合的にはちと外れ。

役者はみな上手で、「あの女」役の女性なんかは非常によかったです。が、脚本を編集したために、展開が飛んで感情が追いつかなくなる場面(特に前半)があったのがひとつ。常に音楽が明るくてメリハリが足りなかったのがひとつ。たびたび客席も明るくする照明が(個人的には)集中力を削ぐ方向に作用したのがひとつ。

あと残酷な話なんですが、やっぱり過去2回観た野田秀樹のタイバージョンの完成度は高すぎた。同じアプローチで迫るにはハードルが高いし、違うアプローチで仕上げたくてもやり尽くされている。

リケエの所作が判ると、もう少し違う興味を持てたのかもしれないですけど、残念。

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パラドックス定数「東京裁判」pit/北 区域

<2009年11月21日(土)昼>

東京裁判の開かれた法廷。28人のA類戦犯を弁護するために集まった、圧倒的不利な5人の弁護団の法廷闘争。

男5人による、直球勝負のストレートプレイ。かねがね評判になっていたパラドックス定数をようやく観られたと思ったら、こんな当たり芝居にいきなりめぐり合えました。

東京裁判についてはいろいろな見方がありますが、法律の観点からは、ずさんなところが多くみられるのは最近の研究で指摘されています(私が読んだことがある本はこれ)。その法廷闘争を中心におきつつ、弁護に関わる5人の立場の違いを上手に描いて、引込んでくれます。法定で弁護団があんなに私事の絡む協議をするわけはないのですが、そこは芝居の力というもので、それが複雑な事案を順番に説明するのに一役買っています。多少は前知識があったほうが理解はしやすいと思いますが、無くても十分楽しめます。

今回pit/北 区域という劇場には初めて行ったのですが、劇場自体が非常に狭く、そこに照明変化なし、音響ゼロとすることで、役者の力だけで芝居を成立させることを要求するのですが、十二分に応えています。素舞台にテーブルと椅子を置いただけという舞台は、そのために役者の位置や向きが制限されて顔が見えないことも多々あるのですが(私は自由席)、この劇場内に響く声の説得力は圧倒的でした。5人ともものすごく上手。

まさか小劇場の芝居でこんな重厚なドラマを観られるとは思っていませんでした。劇場が狭いというアドバンテージはあるにしても、そこらの海外の芝居を吹飛ばす質です。勝手な願いですけど、この芝居はジャップと呼ばれる覚悟で海外、特に欧米に持っていって上演してほしいです。世界のどこに持っていっても通用します。せめて全国ツアーをやってください。パンフレットや脚本は絶対買わない主義の私が脚本を買ってしまいました。見逃したらもったいない。ぜひ観てください。

あと、受付から座席案内、事前の携帯電話停止依頼、何かあったときの対応の説明など、狭い劇場でぐだぐだになってもおかしくないところを手際のよくさばいていた制作陣も素晴らしかったので書いておきます。

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2009年10月 4日 (日)

ハイバイ「て」東京芸術劇場小ホール1

<2009年10月3日(土)昼>

祖母、両親、二男二女の家族だが、長男以外はすでに家を出ており、祖母は痴呆が進んでいる。そして祖母が亡くなった葬式の日から数日前、久しぶりに一家が揃った日におきた家族の話。

野田秀樹の芸術監督就任に伴って企画された、これからの劇団を集めた芸劇eyesのトップバッター。初見ですけど、トップバッターにふさわしい仕上りと実力で応えてくれました。

脚本演出の岩井秀人の家族の話が元になっているとの事で、元にするくらいだからもめ事を内包しているんですが、これを酷くしなりすぎないように、しかも後でいろいろな事情がわかるように観せる構成が上手。そして壁がなくて向かい合う客席に挟まれた美術の使い方もずいぶん慣れたものです。役者も十分期待に応えていました。

家族のいろいろな人がいろいろな人とお互いにやり取りする何本もの線が、ひとつひとつの印象と、前後のやり取りがつながった時の印象とがこれだけ違うのには、やられた、と思いました。

個人的な疑問点としては、父親役にそれなりに年上の役者(猪股俊明)をキャスティングしているのに、母親役は同年代の男性(菅原永二)をキャスティングしている点。上手だし、全体の緊張感を緩和する意味もあるのかもしれませんが、中途半端だったかと。あと、葬儀屋が葬儀の業務で不手際を行なう点は、笑いを取りやすい場面だったとしても、リアリティの欠如としてはもったいなかった(仮に実際にあった話だとしても、そうは思えなかった)。

これから観る人への注意点。私が観た回はカメラが入っていたんですけど、すべてのカメラが入口寄りに陣取っていました。それに気がついて入口側の席を確保した私はよかったですけど(全席自由)、たぶん奥側の席だと背中率が少し高くなります。芝居の途中で席を移ってきた観客がいました。見切れはまったくないのですが、気をつけましょう。二面以上の舞台を組むのであれば、これは演出家の責任事項なので、演出家には公演の途中でも立ち位置の調整をお願いします。

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2009年2月15日 (日)

メジャーリーグ制作「ちっちゃなエイヨルフ」あうるすぽっと

<2009年2月14日(土)夜>

ノルウェーの某富豪の家。娘は婿を迎えて10年目で一男あり。が、事故で松葉杖がかかせない。婿である男には教師を勤める妹がおり、なにかと訪ねてくる。男が医者に勧められた6週間の療養から帰ってきた翌日、奇妙な老婆が家にやってくる。「厄介なお困りものはありませんか。いたら取除いてさしあげます」

イプセンの脚本をタニノクロウが演出する企画の第2弾(第1弾は「野鴨」。言葉が言葉を呼び、不幸が不幸を呼ぶ、緊迫感あふれる舞台。心の底の暗いところからくるような台詞にどきどきしたと思いきや、何気ない台詞がぐっときたりする。
笑いなんてなくても構わない、演劇の王道といっても過言ではない脚本の力を見せ付けられる絶賛の仕上がり。

マメ山田と子役は前半しか出ないので、後半は4人芝居。しかも、1対1の長時間の会話がいろいろな組合せで出てくる。役者には集中力も要求されるけど、この面子はそれも(少なくとも見た目は)さらりとこなす。いや、さらりとこなすには重たい台詞の応酬もあったりするんですけど、安心感は高いです。ここまで役者のテンションを押上げた演出もすごい。出番なら勝村政信が一番長いですけど、役のおいしさでは馬渕英俚可のほうが上で、後で思い返すと非常に上手。とよた真帆の前半と後半の落差や、野間口徹の真摯さもよい。

あと、美術や衣装や音響や照明が、数は少ないけどシンプルかつ質を高くしてバリエーションを持たせる、という個人的にはツボにはまる方針でよかった。

唯一の不幸は、客席がスカスカだったこと。観終わった立場からすれば定価分の価値はあると思うのですが、こんなご時世だけに割高感を感じる価格設定だったからかもしれません。明日の昼で千秋楽ですけど、チケットはe+で半額が今はまだ少し残っているから、3時間前までは、まずはそちらを当たってみてください。

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2007年11月24日 (土)

メジャーリーグ主催「野鴨」シアター1010ミニシアター

<2007年11月23日(金)夜>

19世紀後半のノルウェー。裕福な事業家の息子は、事業欲の強い父に嫌悪を抱いている。事業に絡んで父が芸術家である友人の父を破滅に追いやったと思い悩む息子は、何とかして友人の活力を取戻すべく、彼の所有するアパートに居を移す。

観終わった最初の感想は「なんて邪悪な芝居」。どの程度原作を脚色したのかはわからないけれど、もう邪悪な要素満載で脇道がほとんどない。で、規模を無視した手抜き一切なしのキャスティング。うーん、誰を誉めればいいかこまる。絶賛。

いかにも公民館なスペースを通り抜けると突然現れる、噂どおり巨大な美術。客席がおまけに見える。室内が舞台なのに森を作るというその発想は凄い。で、どうも音響が妙に気になると思ったら生演奏。贅沢。

これらを生かしきった演出もすごい。今までの評判だとタニノクロウってもっとアングラな芝居を創る人かと思っていたんだけど。休憩時間にロビーに掲示されている記事を読んだら、この芝居は今までと全然違うものみたい。

ただし、思いっきり見切れの席を引いてしまった。選択の余地はあったんだけど、最初に勧められた席を選んだら見切れるし、役者やスタッフの通り道に近すぎて姿勢も縮めないといけないし、あれはいかん。あと3連休の初日とは言え、あれしきの座席数も埋まらないようでは、スカスカ感は免れない(ちょうど近くの席が空いていたので)。だからといって役者の演技に手抜きはありませんでしたけど。

もうひとつ言うと、当日券の発売は30分前って聞いたはずなんだけど、それより早く買えた。なんか連携というか連絡が行届いていない運営だ。

ただし11月の丸一ヶ月公演のおかげで、観ることができたことには感謝。まだ1週間あるので、邪悪な芝居の好きな人とか、正義病が嫌いな人(笑)はぜひどうぞ。当日券で観るつもりなら発売の有無は事前に確認した方がいいです。

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2007年9月30日 (日)

TSP企画製作「郵便配達夫の恋」東京グローブ座

2007年9月29日(土)夜

歌手のあかりは母の一周忌に実家の島に帰ってくる。島の外れにある祖父の家は、郵便配達夫が訪れる以外は静かな場所だが、静養したいあかりをマネージャーが連れ戻しに来る。マネージャーを説得したあかりは母の一周忌を済ませ、遺品整理を始めたが、その中に未投函の1通の手紙を見つける。

テレビドラマの続編として、キャラメルボックスの真柴あずき(砂本量によって加筆)が脚本を担当した舞台の再演。実は昔脚本を読んだことがあるので、ある程度中身を知っていて、どちらかというと賭けに近い気分で臨んだのだけど、結論は、賭けに負けました。

全体に決め台詞が乱発されて、登場人物が全員とも妙に優しくて、舞台より映像に向いている脚本なので、仕上がりは役者の演技次第。なんだけど、あかり役の中島知子は役を膨らませられず。はきはきと低い声でしゃべるのは素敵なんだけど、演技がわるくないまでもいまひとつ。今回のような役よりも、癖の強い役のほうが本領が発揮できそうな気配は感じた。郵便配達夫(辰巳琢郎)もマネージャー(西川浩幸)も、ひとりで仕上げちゃった感じ。逆木圭一郎だけが役を生き生きと演じていた。

あと中島知子が歌う場面もあるのだけど、弾けないギターを無理に弾かなくても、アカペラでいいのに。ずれたタイミングで拍手をした客のせいで拍手なしになってしまったのは気の毒だったな。

当日券で特等席が取れたので、役者の顔を間近で堪能しましたが、それだけでは不十分です。

ひとつ不思議だったのは、ほとんど満員だったにもかかわらず、ものすごく客席が冷めていたこと。開演前の客席ってもっと賑やかなはずなのに、なんであんなに静かだったんだろう。新聞の読者招待が多かったのか、業界関係者が多かったのか、独り客が多かったのか、原因不明。

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