2011年10月 9日 (日)

維新派「風景画」西武池袋本店4階まつりの広場(ネタばれかもしれないものあり)

<2011年10月9日(日)夜>

デパートの屋上から東京を借景にしたパフォーマンス。

すいません、よくわかりませんでした。多分、都会(東京)の日常について、同じ生活の繰返し、電気の無駄遣い、画一化から外れたときの行き場のなさ、それでこの先どうなるよ、ってことをやっていたんだと思います。だと思いますが、ダンスじゃないコンテンポラリーダンスに、斉唱と輪唱が混ざった台詞からは推測するのがやっとでした(ダンスによるメッセージ伝達は未だにわからない苦手分野なもので)。で、この読みが正しかったとして、それは都会ならそんなもの、そこから先のメッセージは何だ、と考えながら観ていたのですが、よくわかりませんでした。強いて推測すれば、電気に関して都会の無駄遣いから原発に対する反対意見でも含まれているのかもしれません。

役者はそれなりに鍛えられた人たちでした。でもああいうパフォーマンスだと個々の見所はわからない。会場の効果もあって、照明と音響はとてもよかった。コンテンポラリーダンスみたいな、台詞のないパフォーマンスが好きな人なんかはいいんじゃないでしょうか。

もう少し演劇っぽい、ギリシャ悲劇っぽい感じで台詞や物語があるのを想像していたので、これはもう完全に相性の問題。あと、かなり冷えるので暖かい格好をしておいたほうがいいです。

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2011年8月21日 (日)

DULL-COLORED POP「Caesiumberry Jam」シアターグリーンBox in Box

<2011年8月21日(日)昼>

2010年の都内。カメラマンの男の仕事場に、以前取材で世話になった男が尋ねてくる。カメラマンが保管している、そのときの取材記録を確認するのが目的だ。取材対象は旧ソ連のとある場所、当時すでに立入禁止地域に指定されていた村、最初の取材記録は1991年から始まる。

モリー・スウィーニー」で演出家の谷賢一に興味を持ったのと、再演モノなのに4年前すでに「セシウムベリー」というタイトルをつけていたセンスに惹かれて観劇。活動休止前の劇団の芝居は観ていなくて、活動再開後のこれが劇団としては初。そしたら、大当たりを引いてしまった。これは全力で推します。

何がいいかと言われたら脚本と演出。台詞や仕草のあちこちに、比喩やその後を暗示させるなにかが含まれる。お互いのやり取りの中に人間関係の情報を細かく仕込む。なのにそこに登場人物として「猫」とか足して何とでもいじれるように準備しておくとか、いい意味でずるいですよね。

設定としてはいかにもありそう、というか本当にある話ですが、それを実話と勘違いできるレベルまで仕立てた想像力は天晴れのひと言。実際に取材に行ったはずはないので、参考資料が多数あるはずなんですけど(そしてそれは当日パンフやカラーパンフには載っていないのですけど)、盗作を疑うレベルの出来。当日パンフで「記録には限界がある。感性にだけは限界はない」と啖呵を切るだけのことはあります。それでいて原発の是非ではなく、人間模様のほうにフォーカスを当ててくれたのも、政治芝居が嫌いな自分にとってはポイントが高い。

演出の技術については、ほぼ素舞台の中に複数の場面を取入れて、というかほとんど混ぜて、それを成立させながら話を進める辺りの技術はすでにベテランの領域。あと、場面転換のユニゾンの意味づけとか、スライドの使い方とか、タイトルロールの場面とか、やることがいちいち上手すぎる。日替わりゲストを、登場時間は短いけどかなりいい役に振るあたり、余裕がありすぎてむしろ憎たらしいですね。カラーパンフが(2日目までは)プレゼントだったので読みましたが、芝居では語られていない裏設定がたくさん書いてあって、演出家だけで考えたのか、役者 と共同で考えたのかはわからないですけど、このくらいは用意して(そしてそれを理解して)演出に臨むのだな、という参考になります。

役者は、芝居が観られるレベルには達している。他の小劇場の芝居に比べたら十分いい。むしろ一部の役者はそうとう良かった。しかも音響ゼロで押し通せただけの完成度だった。でも欲を言わせてもらえば、この芝居ならさらなる限界を目指してほしい。脚本負けとまでは言わないけど、これは数年に1本の高みを目指せる可能性があるし、それに対してはまだまだ伸びしろがある。千秋楽までどれだけ攻められるか、ぜひ試してほしい。

キャスティングでひとつ感心したのは、役者の年齢にかなりの幅があったこと。特に上側で、さいたまゴールドシアターから本当に高齢の役者を呼んできたこと。同じような年齢の役者ばかりあつまるのが小劇場の弱点のひとつだけど、これは観る側のリアリティ向上にかなり寄与している。あと、美術がよかった。ほとんど素舞台といえばそれまでですけど、土は、今となってはそれだけで大きな意味を持ちますよね。

開演前に舞台上に役者がいるとか、終わるときにカーテンコールがないとか、音響ゼロとか、そういうところは青年団に似ています(青年団演出部ですし)けど、たぶん要らないものを引いたら結果として似たのかなと思います。

強いて欠点を挙げるとすれば、個人的にはカーテンコールで拍手ができるようにして重い話から現実に戻るきっかけを作るようにしてほしいことと、上演期間があと1週間しかないことくらいでしょうか。これ、世田谷パブリックシアターが拾わないと駄目ですよ。再々演、期待しています。

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2011年8月12日 (金)

虚構の劇団「天使は瞳を閉じて」シアターグリーン BIG TREE THEATER

<2011年8月11日(木)昼>

原発事故で放射能汚染が懸念されるある地域。様々な理由でその地域に入りこんだ、あるいは避難し損ねた人たちが、大きな透明のドームで内部に閉じ込められる。そこから外に出られないことに観念した人たちはやがて町を作り、生活を始める。それからしばらくして、放射能で人類が絶滅した世界の監視に飽きていた天使たちが、このドーム内で暮らす人間に興味を持つ。そしてそのうちの一人はうらやましさが高じて人間になると言い出す。

鴻上尚史の代表作とのことで、一度くらいは観ておきたいと思ったので当日券を買ったのですが。結論は、観なければよかった。いくつか感想を読む限りそこまで悪くはないので、観た回の出来が悪かったのかもしれませんが、グダグダでした。

まずオープニングが駄目。今の原発事故に合せて書換えたと思うのですが、それをあの気の抜けた芝居でやられても困る。今の内容に書換えるなら、実際に避難生活中の人が観にくるかもしれない、くらいの緊張感を持ってやってもらわないと困る。せめて福島県出身の友達が観に来る、くらいの想像力はなかったのか。

そこからしばらく緩い芝居が続いて、いろいろ変化の出てくる後半に少し持ち直すのですが、それが続かない。なんかムラっ気のある芝居になるので、個々のエピソードでいい感じの場面はいくつかあるのですけど、それがまとまってひとつの話にならない。それぞれの役が唐突に行動して勝手に終わる感じ。だから観終わってから、これが本当に代表作なのか、と疑問に思いました。役者が駄目でも脚本がしっかりしていればもう少し観られるものになると思うのですが、役者や演出に依存しないと良さが出せない脚本なのではないでしょうか。

他には設定。テレビもある、というのはいいのですが、ソーシャルメディアもある、となった時点で設定としてはアウト。ソーシャルメディアといったらインターネットが前提で、それなら外部の人間が絶滅していることを誰も知らない、少なくともその可能性を疑わないのはおかしい。あと、天使から人間になった時点で記憶が残っているのが前提の台詞はいくつかありましたが、それなら外部の人類が絶滅しているのは知っているはずで、それでいて後半の周りの行動に対するアクション不足は納得がいかない。

あと選曲。歌詞のある曲をかけるのは勇気のいる行為だと思うのですが、結果としてくどいし、古臭い印象を残しました。

その中で、ちょっとキャストを確認しわすれたのですが(こちら参照)、天使は小沢道成、人間になった元天使は大杉さほりであっていますでしょうか。天使役の人は終始安定していて、あるいはたまに引込まれました。あと元天使役の人は、明るい声がいい感じでアクセントになって、逸れそうになる注意を舞台に戻してくれました。正直、この2人がいなかったらブログに書くのもためらった。あと、舞台装置や衣装は同クラスの舞台と比べると手間がかかっていて、それは料金に見合ったいいことだと思います。

ただ、いいところを挙げても、大前提としての不満は消えない。これが2000円の芝居なら学生上がりの芝居として見逃せましたが、4000円(昼間で割引の回)では見逃せない。値段が2倍になったら質は2乗倍(4倍)になっていないといけない。鴻上尚史がロンドンで演出するので手を抜いた、鴻上尚史に演出家としての能力はないがそれでも通用するほどロンドンのレベルが低い、この役者陣は優秀な演出家がついてもそれに応えられる能力が足りない、のどれか(または複数)だと思います。

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2011年2月13日 (日)

野田地図「南へ」東京芸術劇場中ホール(ネタばれあり)

<2011年2月12日(土)夜>

活火山のそばにある観測所。火口に身投げしようとした女性を救出してきたところに、新しい観測員が赴任してくる。女性の嘘に翻弄される観測所の面々。その最中、麓の旅館から観光客がやってくる。極秘の任務を請負っているらしい。いろいろ行き違いや思惑が行きかううちに、少しずつ火山の活動が活発になっていく。

すいません、体調最悪でまったく集中できませんでした。昼はまだ大丈夫だったけど、その後急速に悪化。ものすごいいい席で観られたのにもったいない。ただそれを差引いても、前回の「ザ・キャラクター」に近い印象。コロスの使い方がかなり洗練されていたのもそうだし、社会派路線で一回では把握しきれないのもそう。

ネタばれでいうと、マスコミが絡んで、嘘を言っていた女性の言うことに本当が求められ、本当のことを言っていたはずの観測員の言うことが信じられなくなっていく。観る側が誰の言うことを信じればいいのかわからなくなっていくその過程に、それを古代の物語と、日本のXX(これは伏せる)の起源と、現代のXX(これも伏せる)に絡めていく。こんだけいろんなネタを詰込んで、ひとつの話に成立させるのは野田秀樹でないと無理。その点ではすばらしい。

でもこの壮大なテーマを立上げるためには、役者の側に想像力や演技力だけでなく、何らかの見識も求められて、それを若い役者に求めるのは酷だったというのが印象。妻夫木聡は前回観たときよりも格段に成長していたし、蒼井優はもう少し発声がしっかりすればいい女優に化けそうな予感もしますが、それでもきつかった。渡辺いっけいと高田聖子でもどうか、というくらい脚本のハードルが高かった。

で、役者ですが、みんな上手。上手なだけに、主役2人とチョウソンハに注目が集まる構成なのがもったいない。渡辺いっけいと高田聖子と銀粉蝶にものすごい期待していたし、藤木孝はなんかやってくれそうな面構えだったんですけど、見せ場が少なすぎる。もったいない。

こっちの体調や、公演後半になったりすると、またいろいろ変わると思うんですけど、いろいろもったいない舞台だった。

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2011年1月10日 (月)

柿喰う客「愉快犯」東京芸術劇場小ホール2

<2011年1月9日(日)昼>

戦国時代まで遡れる名家・琴吹家。とことん運がいいのと、ありあまる財産とのおかげで、何一つ不自由のない生活を送ってきたが、代わりにストレスに極度に弱いという体質を抱えている。そんな一家だったが、クリスマスイブの夜に長女がなくなってしまう。そこから始まる家族の迷走。

新年早々目当ての芝居で当日券が蹴られて、夜に観る予定だったこの公演を昼に繰上げ。以前から評判がよかったのとチラシの手間の掛けかたに期待していたら、最初よくわからなく、そのうちこういうもんかとわかった。面白かったけど、それ以上になんかエネルギーをもらったような満足感。

登場人物が不自然なほどおおげさに話したり動いたり繰返したりするのはこの劇団の特徴ってことであっていますでしょうか。それだけかと思いきや、後で考えると脚本は案外しっかりしているし、役者もよく動き、よく話す。あのくらい大げさにやると返って納得するよねっていう水準以上に大げさにやる、というと簡単だけど、それを上演中キープするのはすごいですよ。芸劇eyesにスカウトされるだけのことはある。

役者もみんな、声は大きいし背は高いし、ビジュアル面でもキャラを立てて、こういう元気のよさは新鮮だ。新春公演ということで口上なんかも仕込まれて、なんか得した気分です。

あと何がよかったかって、上演時間1時間20分というのがよい。実際にはほぼ毎回アフタートークをやっているらしく、そこまでいれると2時間だったけど、ひたすら上演時間が延びる最近の芝居の中で、このコンパクトさは売りになる。観られるものなら次回公演も観たいぞ。

アフタートークのメモ。いつものことだが細かいことは気にするな。今回は中屋敷法仁と深谷由梨香。この人(深谷由梨香)だけ劇団員中ぶっちぎりでトークが下手らしくて、実際下手で、役者でもここまでトーク下手な人がいるのかとこっちがびっくりした。

中屋敷「自分で狙いがあってスカウトしておいてなんだが、何で劇団にいてくれるのか」
深谷「自分は芝居を観るのはあまり好きではない。でも柿喰う客でやるのは楽しい」

観客「柿喰う客という劇団名はどうやって決めたのか」
中屋敷「いろいろな命名の法則を考えている大学の先生に決めてもらった。老若男女の誰が口にしても恥ずかしくないのはいい。知合いにXXXX(伏せときます)という劇団があるが、結婚式で言われたら恥ずかしい」
「あと、早口言葉をちゃんと練習しているように(いい方向に)誤解されるのも特」

観客「繰返しが多いがどこまで脚本でどこまでアドリブか」
中屋敷「脚本にすごい細かく書いている。自分の芝居は音楽みたいなもの。繰返しを入れることで、お客さんが安心して観られる効果がある。自分は繰返しのない音楽は聴いていて不安になる」

中屋敷「自分の芝居は観客にいかにフィクションであることに納得してもらった上で入り込んでもらうかが鍵。舞台上で濃い内部空間を作るのもありだけど、自分は常に開く方向にありたい。『観客に観られていること』に対して何をどうやって返すかが大事」

中屋敷「テンパって回りが見えていない役者には怒る。『自分の役は考えるな、相手の役のことを考えろ』という。そうなることを防ぐ意味もこめて、毎公演とも役者を入替えるシャッフル回を実施する(今回は13日夜)」

観客「セットが目立ったがどうやってこのセットになったのか」
中屋敷「柿喰う客のセットは、何もないか、すごい動きづらいか、どちらかであることが多い。美術の打合せでは芝居の内容はまったく打合せず、イメージとかやりたい動きとかを伝えて、形にしてもらう。今回は新春らしく扇とか、派手な色とかを希望として伝えたらこうなった」

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2010年12月23日 (木)

演劇集団キャラメルボックス「サンタクロースが歌ってくれた」サンシャイン劇場

<2010年12月23日(木)昼>

クリスマスイブの夜に予定のないゆきみは、同じく予定のない女友達のすずこと芥川龍之介をモデルにしたミステリー映画を観る約束をする。到着が遅れるすずこを待つために先に映画館を観始めるが、映画の進行が途中でおかしくなる。劇中の犯人役がスクリーン外に逃亡したらしい。映画の継続のために連戻そうと、ゆきみが戸惑っている目の前で主人公たちがスクリーンから飛出してきて、ゆきみに協力を求める。一方、遅れて着いたすずこは、映画館から出てきた犯人役の人物から協力を求められる。

他の芝居と迷って、キャラメルボックス見納めで選んだ本作。キャラメルボックス芝居が嫌いになった私でもちょっとぐっと来てしまった。見納めにふさわしい仕上がりだった。

キャラメルボックスの芝居は劇団名通り甘ったるいものが多く、それはこの芝居も例外ではない。けど、映画中の人物とそれを演じた役者、映画設定の時代(大正時代)しかしらない人物とその将来を知っている現代の協力者、劇中の映画の上演時間(制限時間)と実際の芝居の上演時間との一致(時計の進め方についてはご愛嬌ですが)、そして映画を継続しようと奮闘する登場人物と実際の劇団、などの対比構造が上手にはまった脚本は、さすが代表作。演出家を変えれば他でも通用しそう。というか、他の演出家ならもう一度観てみたい。

そして、今がぎりぎり見納めじゃないかという初期メンバー中心でのキャスティング(若い役が多いから)。劇中でも役者の実年齢と役の年齢とのギャップが何度もネタになっていた。ただ、さすがベテランと言うか、甘ったるいなりに甘さの加減を心得ていて、それ以上は崩さない感じに好感。西川浩幸、上川隆也、近江谷太朗というトリオはたぶんもう観られないんじゃないかという予感。こういっちゃなんだけど、ピンで観ると何てことない人たちばかりなのに、3人揃うと何かバランスがとれる。最初のキャラメルボックスは「さよならノーチラス号」の初演で、このトリオを観られたんだから、めぐり合わせというのは確かにある。ついでに言えば、観た席も初演に近い席(座布団の通路席)だったのを今思い出した。

後半の、映画中の登場人物が役者・上川隆也と問答する場面や、最後の映画館での場面なんかは、あちこちですすり泣きが聞こえていて、実際自分も危なかった。キャラメルボックス名物の劇中ダンスも、今となっては劇中ダンスなんてやっている劇団を見つけるほうが難しいのですが、この芝居では「映画の宣伝広告」という形で処理されていて、違和感が少ないのもいいです。

満員御礼確実なのに、サンタクロース絡みの芝居だからなのか、26日が日曜日なのに25日の土曜日昼で千秋楽という贅沢スケジュールを組んだのは思い入れの故でしょう。まあこの仕上がりなら許す。ちなみに千秋楽は当日券がパンクしそうなので、となりのホールでの映像生中継も決まったそうです(ひょっとしたら近江谷太朗が上演中にそっちに行くかも?)。それでも構わない人は25日を狙ってみてはいかがでしょうか。

それにしても久しぶりのキャラメルボックスは当日券に驚いた。
・当日券待ちのために椅子を用意している(途中で足りなくなりましたけど)。そして販売開始と同時に回収する手際のよさ。
・販売前の販売方法説明で、販売する客席を、座席表を見せながら飛行機の離陸前のように説明。
・当日券は1時間前販売と思いきや、行列が伸びたからか、10分早めて販売。
そしてなんというか、販売する側の手際のよさは褒めるところなんですが、客の行儀のよさにもびっくりした。悪い意味で。なんて言えばいいんだろう。劇団が当日券の販売について長年努力してきたことはいいんだけど、それに唯々諾々と従うような人たちだけがファンとして残って進化したガラパゴス島というか。上にも書いた役者の実年齢と役の年齢とのギャップネタも、よくよく考えれば役者と役の年齢は一致している必要はないわけで(そんな芝居は無数にある)、劇団に馴染がない人からすれば「え、それは笑うところなの?」というネタのはずなのにドッカーンと笑いが取れるというのは、私にしてみれば不健全。まあ劇団の寿命がどこまで続くかは神のみぞ知るということで。

ただ、一番驚いたのは、帰りのロビーで見かけた、かつて前説をやっていたあの人の老けっぷり(失礼)。時間の流れを一番感じたのはここでした。ええ。

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2010年11月13日 (土)

東京芸術劇場「ブルードラゴン」東京芸術劇場中ホール

今の中国で画廊を営むカナダ人の男。才能ある若い中国人の画家の女を売込みつつ、付き合っている。その画家の個展も間近にせまったある日、カナダ人の知り合いの女性が中国にやってくる。中国人の養子を迎える途中で男に合いに来た。ここを境に動く、男女3人の物語。

ロベール・ルパージュは「アンデルセン・プロジェクト」のインパクトが強かったのでぜひ観たかった。リアルな脚本と演出はさすがで、達者な役者も含めて面白いのは確かなんだけど、観ていて先読み以外の想像力を働かせる余地があまりなかった。

途中、個展会場で女2人が初めて話して、そこからバーに流れて以降の一連の流れはすばらしい。男の観客としては「自分でなくてよかった」とひやひやしながら観てました(何にひやひやしたかは実際に舞台で確かめてくれ)。あと、中国って日本は近いだけに迷惑で規格外なのもわかって慣れているんだけど、欧米の人たちはよくわからなくて怖がっているのかな。そういう印象を受けた。

あと、照明映像舞台美術効果音はよくて、特に効果音の繊細さは日本の劇場ではついぞお目にかかれないもの。それはよかったんだけど、いかにも中国っていう選曲と、一昔前の小劇場(とまでは言わないけど)で見かけた、途中で突然ダンスが入るのは集中力が切れて個人的に不満。

リアルな分、テンポはよくてもスピードがやや遅めだったな。こういう芝居を観ると、野田秀樹の「省略と誇張」に代表される日本の舞台のスピード感は、あれはあれですばらしいと思わずにはいられない。

だらだら書いたけど結論は、ガキの芝居に飽きているなら観ろ、芝居にリアルなんて求めねーよって人なら見送れ、って感じですね。次回作はぜひ「アンデルセン・プロジェクト」を文句なしのぶっちぎりで超えてほしい。

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2010年8月 1日 (日)

NODA・MAP「ザ・キャラクター」東京芸術劇場中ホール(ネタばれありあり)

<2010年7月31日(土)昼>

とある町の書道教室。生徒にランクをつけて、高ランクの生徒は住込みで学びながら別の生徒に教えるシステム。ある日、海外旅行から帰ってきた家元はギリシャ神話に感動したので古代ギリシャ式に改めると言い出す。そんなところにやってきたのが、人探しの女性2人。

2ヶ月公演の終盤ぎりぎりになってようやく観られた野田地図。小劇場垂涎のキャスティングで臨んだ初の中ホール公演でしたが、これは駄目だったと言いたい。理由は以下全力のネタばれで。

住込みのシステムは生徒に財産を拠出させているのが理由の悪徳教室。これに「書道」から「紙」から「神」の連想で、家元が段々神のように振舞うようになっていく。そうなる前振りとして行方不明になった家族を探す2人が絡んで、時間を前後にずらしながら、団体がエスカレートしていく様子を描きます。

ということで、察しのいい人は気がついたと思いますが、後半3分の2はオウム真理教の事件そのままです。この「そのまま」というところが私が一番引っかかったところで、あの世界に残るテロ事件とそれを引起した人間たちが嵌るまでの経緯が浅すぎる。もちろん家元=松本智津夫の詳細を想像で描くのは控えたほうがいいし、主要メンバーで今も逃亡中の犯人もいるのですが、それならそれで、被害者とか、下っ端の生徒=信者とか、もっと違う視点を中心に描いたほうがよかった(2人の女性は家族を拉致された立場ですが、それも片方は潜入捜査っぽくなって微妙)。もっと言えば、中途半端にギリシャ神話でまぜないで、ストレートプレイにしたほうがよかった。

表現の自由と言っても、こんな内容を上演すると何が起きるかわからないとタブー扱いになるところ、これは野田秀樹の実績と実力に加えて、芸術監督をやっている劇場での上演、そして引かなかった役者スタッフがいてこそ実現できた企画だと思います。これを千秋楽まで無事に行なうことができれば(何も起こらないと信じたいですが)ひとつのタブーが消えるので目出度いのですが、でも芝居が現実に負けていた。野田秀樹をもってしても負けた。

付加えるのであれば、2ヶ月公演の終盤のための疲労蓄積と、ゆったりしすぎて芝居に向かない劇場のつくりという二重のハンディはあるのですが、じゃあこれをシアターコクーンでやって、どこまで芝居のまとまりが出たかは「もし」の話になるのでやめておきます。

ただ、そんなハンディを全力で跳ね返して勢い余って舞台から落っこちてあっというまに盛返したチョウソンハには惜しみない拍手を送りたい。あと、声に疲労を感じたけど緊張感は途切れさせなかった宮沢りえと美波の2人にも。

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2009年12月13日 (日)

庭劇団ペニノ「太陽と下着の見える町」にしすがも創造舎

<2009年12月12日(土)夜>

精神病院とおぼしき場所で繰広げられる妄想の数々。

よく考えたら劇団でみるのは初めてかもしれないタニノクロウの新作は「パンチラ」。新鮮ではありましたけど、賛否のわかれるところ。個人的には個々のエピソードが細かすぎて散漫な印象あり。

医者や患者の妄想がパンチラと共に語られるという芝居ですが、語られている内容とパンチラは必ずしも一致しない、というか、関係ないことも多い(笑)。個々のエピソードはそれっぽいのですが、それを一本の芝居につなげてしまうあたりの強引さは素晴らしいです。途中から見切れ対策なのか、パンチラどころかパン見せになっていました(笑)。どうせなら、パンチラ席と非パンチラ席に分けると面白かったかも。

どれが誰の妄想かについては、最後でちょっとネタがあるのですが、これの解釈がちと難解。まあ好きに解釈すればいいや。

あと、これを芝居として成立させるために音響は外せません。タイミングといい、不快感といい、芝居のスタンスをもっともはっきりあらわしていたと思います。ついでに言えば、音がとてもクリアで、機材もよかったと思います。

次回以降も、大きくてチケットの取りやすい劇場だったら、観に行きたいと思います。

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2009年12月12日 (土)

グリング「jam」東京芸術劇場小ホール1

<2009年12月12日(土)昼>

軽井沢にあるペンション。周りは続々閉鎖しているが、食事のおいしさに常連がついて、そこそこやっている。地域の年末の第九イベントに向けて指揮者とピアニストを招いて練習が重ねられており、その人たちの宿泊先にもなっている。今月の練習が終わり、一段落の飲み会を開こうとした夜の話。

今回で活動休止公演のグリングは再演もの。再演でもあまり役者を変えない劇団という印象があるのですが、今回は大分入替えての上演。6年前ですでにこれだけの脚本でやっていたのなら、いまさら劇団でもないよな、という完成度(ラストのひとつ前に場面を追加したくらいだそうな)。後味のよさと悪さを両方兼備えた良作。

ペンション経営家族の家庭事情に、宿泊客の思惑が交錯。思惑のいくつかをはっきりさせないことで、どうなるかなと期待を持たせる展開。何かを遠慮することで成立っていたバランスが、行動に移されたことで変化を生じるまでのいきさつを、実に上手に描いています。休止公演の脚本に選んだだけのことはあります。

が、その脚本のせいなのかキャスティングのせいなのか、過去のグリングの芝居がデジャブするような感覚もあったりなかったり。コンパクトにまとめた舞台で、一幕一場リアルタイムの1時間45分。これは劇団以外の役者だけでもう一度上演してほしいです。ピアニスト役の松本紀保はサバサバした女性を好演。この人はもっと小劇場に出てきてほしいですね。

で、芝居には何の問題もなく楽しんだのですが、たまたま知らずに観に行ったらアフタートークがあったので観たのですが、これが今まで観たアフタートークの中で最悪に下品なものでした。青木豪が脚本を書いたテレビドラマが今度放映されるようで、その宣伝も兼ねて監督とプロデューサーが登場したのですが、jamの話をしたのは最初だけ。あとはひたすらドラマの撮影話に終始する。途中で中野英樹と萩原利映も登場したのですが、それもドラマの話に終始。

別に1時間もあるならドラマの宣伝をしてもいいですけど、あくまで舞台のアフタートーク。「取材が長いと聞いていたらドラマの取材は短かった」というエピソードを出すなら舞台の脚本の取材の話を振るとか、「監督は役者を安心させる」という感想を出すなら舞台稽古のときの青木豪の話を訊くとか、「(ドラマの出演者である)泉谷しげるが青木豪の父親に似ている」のを披露するならjamでは誰かモデルはいないの尋ねるとか、いくらでも舞台の話と絡める機会はあった。舞台のアフタートークなんだからもう少しバランスを考えろ。「余韻が醒めるからアフタートークには出たくない」と監督とプロデューサーは最初に言っていたけど、こんなトークを聴かされたこっちが興醒めだ。こんなアフタートークならやめちまえ。

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