2017年3月31日 (金)

KAJALLA「裸の王様」天王洲銀河劇場(若干ネタばれあり)

<2017年3月25日(土)夜>

小林賢太郎を含めた5人組によるコント集。

粗筋すら知らないで観たほうが面白いので、それは末尾で。観る予定がある人は読まないほうがいいです。この後ツアーで、東京にも戻る予定あり。

とてもよくできていた、というと語弊がある。ある程度強引につなげてみせたほうがコントとして面白くて、でも最初から強引につなげるのは急なので、きれいにまとまったコントから入ってすこしずつ強引感を増やして、後半に強引なコントを集めて、最後はきれいに終わらせる、という全体の展開をとても意識した構成だった。笑ってやるもんかと思っていたけど強引な後半のネタにはさすがに笑わされた。

5人とも体がよく動く上に美声の持主で、台詞が飛んだりもしていたけど、演技も上手。よくぞ集めたという精鋭メンバー。中でも辻本耕志の振り幅と自由度の大きい演技は素晴らしかった。

急遽気がついたので観劇したのだけど、何で気がついたかというと小林賢太郎の本をたまたま本屋で見かけて、読んだら面白かったので何かやっていないかと検索したら見つかった次第。本が非常に面白いのでその感想は後日。

ちなみにネタリストは以下。タイトルは適当。何か抜けていたり順番が違っていたりするかも。

自分が王様の世界があったらそこには何がある「俺ランド」。親方が留守の最中に毒に手を出すなと言われれば見たくなるのが人情「鍛冶屋」。やることなすこと馬鹿ばっかり「バカ部長とバカ部下」。舌を噛みそうなくらいの仕事が「さぎょうがたくさん」。終業間近のオフィスで仕事に励む同僚のキーボードの音に誘われて「丘を越え行こうよ」。ひとつ考えるとそこから連想が始まる悩み「考える人」。再就職で警備会社の面談に来たら担当者はなぜかウサギ耳のカチューシャをつけていて「バニーガード」。3連覇の王者に挑戦者が挑む大会は「日本リフージン選手権」。仕立屋が4人の王様に呼ばれて国を訪問する「裸の王様」。

ラーメンズの「アリス」でもバニー部というネタをやっていたし、客席の反応からするとおそらく前回もバニーネタをやっていたっぽい。バニー好きだな小林賢太郎。

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2016年8月 9日 (火)

葛河思潮社「浮標」神奈川芸術劇場大スタジオ

<2016年8月6日(土)夜>

日支事変の時代、結核の妻の療養のために千葉の海岸沿いの家で暮らす夫婦。絵の鬼とも呼ばれ今でもその能力が嘱望されている夫は、画壇への軽蔑と妻の看病に専念するためとから、わずかな仕事と借金で食いつなぐ。妻は祖父から託された不動産をつかって児童養護所を開設しているが、亡くなる前にその名義を弟に書換えておこうと妻の母からは迫られる。夫の数少ない友人からは出征が迫るなか残される妻の世話を託される。診断した医者からもはかばかしい返事がもらえないなか、夫は妻の望みで絵を再開し、万葉集を読み聞かせる。

身を寄せた哲学は崩壊し、打ちこんだ芸術は才能より政治が幅を利かせ、経済的には首が回らず金貸しに頭を下げ、親族はたかりに来て、友人はいなくなり、医学にも見放され、これでもかという八方ふさがりの中で何とかして生きてみせるというエネルギーの塊のような執念を描く。「炎の人」を遡ること11年、カットしてもまだ4時間の大作だけどそれだけのものが詰まっている脚本を、役者とスタッフが真っ向勝負で立上げた力作。ずいぶんと時代がかった台詞もあったけど、モノにしていた。三演目だとしても田中哲司の迫力と、小母さん役がはまっていた佐藤直子、出番は少なくても芝居背景に奥行を出した裏天役の深貝大輔は特に素晴らしかった。強いて言えば原田夏希が妻役よりは少し健康に見えるのと、長塚圭史の医者役はまだ練る余地があるのとが挙げられるけど、大勢にそこまで影響はない。歯ごたえのある芝居を観たい人はぜひ。脚本は青空文庫にあります。

開演前に、初演の主役を演じた丸山定夫は広島の原爆投下で亡くなったことを長塚圭史から簡単に説明。井上ひさしの「紙屋町さくらホテル」の人ですね。特に黙祷もないし、その後は固くなった客席をほぐすようなトークだったけど、そういう日にそういう縁のある芝居を観たのも何かの巡りあわせ。その初演より前に、丸山定夫自身も貧乏に追われて同棲中の女優が病気になったためにエノケンにお願いして一座でコメディを演じていた時期があったようです。当て書きだったのかどうなのか、そういう人にこの芝居の主演をやってもらったのだから、リアルタイムの時代と相まって初演の迫力もなかなかだったのではないかと推測します。

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2016年8月 1日 (月)

On7「ま○この話~あるいはヴァギナ・モノローグス~」@神奈川芸術劇場大スタジオ

<2016年7月15日(金)夜>

苦労の末にたどり着いた幸福から、それで一生癒えない傷を負った話まで、女性器にまつわるインタビューをもとにモノローグ形式10本で構成した短編集。

「しいて言うなら"まんこ"だけど、私にとっては呼び名がない」という台詞の通り、今ブログを書きながら確かにパブリックな呼び方に困る女性器の話を、それと付合わないといけなくてもっと切実な当の女性たちが演ずる。そこで演じられる内容は、笑えるものも眉をひそめるものも真剣なものばかり。世界中で上演されているだけのことはある。

10本のインタビューと書いたけど、うち1本は「おまんこ様はお怒りである」という、役者全員がぶっちゃける回。温度差はあったけど、すごかった。これも含めて全体に力強さのあふれる仕上がり。英語のオリジナルでもいろいろな呼名を使い分けているところ、それを日本全国のいろいろな呼名の置換えて、さらにそれに拘らず適宜英語も使っていた翻訳が大幅に寄与していた印象。日本語訳の単語選定はなぜか井上ひさしを想像した。

適切な広さにシンプルな舞台と効果的な照明音響も力強さに寄与。ただ、T字でランウェイ形式の舞台にサイド席を設けた三面客席、距離が近い場所から埋めたためかサイド席がほぼ満席だったけど、演技が場所も向きも正面に寄ることが多くて、あれはサイド席前方は不満が溜まっただろうと推察する。全二面の挟み舞台か、いっそ四面囲み舞台にしたほうが公平だった。以前自分が味わったから書くけど、稽古場の演出家席の場所がわかるような演出を変形客席の舞台でやってはいけない。

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2016年7月 1日 (金)

青年団「ニッポン・サポート・センター」吉祥寺シアター

<2016年6月30日(木)夜>

行政から管理運営を委託された拠点でNPO団体が運営する、行政だけでは手が回りきらない様々な相談を請負う、地方都市にあるサポートセンター。運営委託先の更新時期が迫る時期に、創立メンバーの家族が事件を起こして逮捕され、委託されている拠点の継続が危ぶまれる。そんな中でも、実習生を受入れ、地域のボランティアの助けを借りながら、職員たちは持ちこまれる相談の解決に奔走する。

行われていることは実に立派な人助けでありながら、それだけに一筋縄ではいかない相談が多く、ささやかな相談がいつの間にか世界の問題につながるようなこともある状況の中、サポートセンターを運営する職員やボランティアの間に経験や立場や権限の違いはありつつも問題があれば協力して立向かう、けどその職員やボランティアが大小さまざまな問題に直面して本当に助けが必要なのは誰なんだ、と何本も伏線を張って展開する脚本は期待を裏切らない出来。

これぞ青年団というくらい主要な役者が勢揃いしていて、芝居の設定からは人をいくらでも増やせるので混乱はなかったけど、さすがに出番には長短あって、贅沢を通り越してもったいないとは思った。久しぶりにあの役者この役者が観られてうれしいなかで、車椅子の役は大塚洋でいいのかな、自然に思えていた青年団の演技も全力で演技していたんだと改めて思わされるような不思議な発声だった。

たくさん伏線を張って、最後には3つある部屋それぞれの「相談」の結果を見せないで終わるのは今までより乱暴だけど、先のわからない終わり方というのがこの芝居に向いているし、世の中の方向が見えない今っぽい。俺は誰の最後も見届けられなかった、って惑星ピスタチオの「ナイフ」を思い出した。現代の一面を確実に切取った名作。

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2015年8月 5日 (水)

劇団☆新感線「五右衛門vs轟天」赤坂ACTシアター

<8月4日(火)夜>

近未来、巨大犯罪組織によって世界の警察組織が壊滅寸前になってしまっている。かろうじて残っているインターポールの分析によれば、犯罪組織の幹部の先祖をたどると、石川五右衛門にたどり着くという。そのため400年前にタイムスリップして五右衛門の「子種」をつぶすための刺客として剣轟天が選ばれた。果たしてその結果はいかに。

ファンでなくとも楽しめて、過去公演を知っているファンならもっと楽しめる、サービス精神としょうもなさにあふれた、いかにもチャンピオン祭りらしい一作。でも話の筋もそれなりにきっちりしている。橋本じゅんや古田新太には拍手を、池田成志には笑いを、粟根まことには見せ場を、高田聖子にはたっぷりの出番を。

話の展開で、後半に高田聖子の出番が多くなるのだけど、この人はやっぱり客席を惹きつける演技をする人で目を離せない。何が秘訣なんだろうか。ネタばれになるのであまり書かないけど、それと比べて古田新太の省エネ演技が目立ってしまう。他に、パロディーとしては結構すれすれな役があって、中谷さとみが全力で振切っていた。これ、スピンオフして轟天、五右衛門に続くネタキャラに育てられないかな。

お腹いっぱいの3時間20分。この値段でも観るべき人は言われなくてもチケット買っているでしょうから改めて勧めません。これから観る人は楽しんできてください。

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2015年3月10日 (火)

サンプル「蒲団と達磨」神奈川芸術劇場大スタジオ

<2015年3月8日(日)昼>

娘の結婚式を終えた夜。娘夫婦はそのまま新婚旅行に出かけ、近隣の友人は二次会に、家族や親類は家に戻ってくる。寝室で休む夫婦だが、つもる話あり、調子が悪い人の介護あり、なかなか落着かない。やがて祝宴の夜に相応しくない出来事が少しずつ積重なっていく。

2日連続で観た岩松了の、こちらは岸田國士戯曲賞受賞作。はっきり見せられる出来事もあれば、それらしくにおわされる出来事もあり。脚本は正攻法で演出されていたけど、そうしたら「三人姉妹」を思わせるような序盤から、終盤にいたるまで、笑うに笑えない、救いのない展開になった。何でもセックス、みたいに見えるけど、セックスが問題だからこじれるのか、問題がセックスの話を通して出てきているのか、わからない。それよりは、登場しないけど、一区切りついた娘と、寝たきりになっている母の両方が、面倒のタネなんじゃないかと思う。

岩松了が演出する芝居は、登場人物には自明だけど観客には隠している情報から漏れるような、どことなく危ないけれど色っぽい雰囲気が漂うけど、松井周が演出した今回は色っぽさ無しで危ない雰囲気が舞台を覆う。登場人物を駆け巡る負のオーラが重い。観終わってもまったくすっきりしない。前日から続けて観る側の体力を吸いとるような芝居を観ることになったのは失敗だったけど、観た回がたまたま客席の笑いが少なかっただけだったのか。

今調べたらバブル突入の1989年が初演で、1989年は、夢の遊眠社が絶頂期で、劇団☆新感線の東京公演がTHEATER/TOPSで、KERAは劇団健康のころで、三谷幸喜は東京サンシャインボーイズ6年目で、大人計画は旗揚げ2年目。あの時代にこんなささくれた会話劇を上演していたのはすごい。ちなみに青年団は「ソウル市民」初演で、これは未見なのだけど、翌年が「南へ」なので、平田オリザもいい勝負。

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カタルシツ「地下室の手記」赤坂RED/THEATER

<2015年3月7日(土)夜>

親が亡くなり、相続した家を売払った金である地下室に篭った生活をしている40歳の男。自分の抱えている鬱憤を訴えるためにインターネットの動画生中継サイトに向かって語り始める。自分がいかに不平に扱われたかという「事件」と、女の話。

初演を見逃して残念がっていたら、再演は気付かずに危うく見落とすところを、気がついて無事観劇。「インターネットの動画生中継サイト」と書いたのはニコニコ生中継で、舞台から客席に演じるスタイルと、途中で適宜コメントが流れるのが、独り語りととても相性がいい。そして前回2人芝居だったのが今回1人芝居になったけど、前回を観ていなくてもこのほうがいいと言える。

観た感想は、特に前半は、まるで自分のことを言われているような場面があって、いたたまれなくなって叫びそうになった。それでも叫ばずに観通せたのは、序盤に「未来の俺がここにいると聞いて」のコメントが流れたからで、このコメントのおかげで、少しだけ客観的な距離が保てた。この痛々しさを書いたドストエフスキーと、現代の出来事に翻案した前川知大はすごい。ドラマターグとして谷澤拓巳もクレジットされているけど、どういう役割だったんだろう。

終盤、二転、三転、四転くらいしたのか。この痛々しい芝居が前向きにまとまりそうに見せて、そこにストップをかけられて、観終わったらすごい消耗していた。再演しやすい形式だし、ドストエフスキーから今になっても通じるくらい時代を超える内容だから、今後も再演されると思うけど、もう観ない。無理。けど、一度も観ていない人は、2時間出ずっぱりでやり通した安井順平の名演として一度は観ておくことをお勧め(書いている時点では今回の東京公演は終わって大阪公演のみ)。地下室という設定に合せてこの劇場を選んだのかもしれないけど、そしてこの規模の劇場で観られるのは贅沢だと思うけど、PARCO劇場のサイズまでは問題なくいけると思う。地下室がいいならシアタークリエでもいけるかも。

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2015年1月13日 (火)

趣向「奇跡の年 ANNUS MIRABILIS」神奈川芸術劇場大スタジオ(若干ネタばれあり)

<2015年1月11日(日)夜>

学生時代からの翻訳活動が目に止まって売れだした作家。彼を見出した女性編集者はこの1年を傑作を連発する奇跡の年にすると意気込んで小説を書きまくるようにハッパをかける。そんな作家が書くのは、整形されて監禁された少女の話と、ロンドンから逃げてきたギリシャの少年少女たちの話。書くのに行き詰った作家の前に、未来から来たという女が現れて作家に執筆の継続を依頼する。そんな1年の話。

チラシに惹かれて観劇。同時並行に進む作家の話と小説の話が2本で、あらすじがまとめにくい。たまに3本同時に話が進むような脚本を、机と椅子とソファー以外ない舞台上で、ムーブメント専任のスタッフが整理して成立させるという演出。

この芝居はどうやって締めるのかと思っていたら、1年の終わりに両方の小説が終わりを迎えて、それが作家と編集者にうっすら重なって、これもある種の奇跡という展開に落着くあたりの強引さはいい意味で驚いた。ラストのりんごのムーブメントは美しい。

台詞というよりは詩のような言葉遣いが多いと思っていたら、アフタートークでも同じようなことを演出家が言っていた。美しいけど、演出家にはタフな演出が要求される。2月のシアタートラムのほうが、再演な分だけ脚本がまとまっていそうなので、そちらを観てみたい。

以下アフタートークのメモ。脚本家に、今回の演出家に、2月の演出家の3人。順不同。言葉遣いはこの限りにあらず。
・時間が巡っていることを最近は意識している。この脚本は1年、2月に再演する演目は4年と、そういう閉じた時間の脚本が多い。作家の場面は春夏秋冬の4場面(だったか? 失念)。
・両方の演出家から、脚本を渡して早い時期に何か場面や演技を想定しているかと訊かれたが、想定していない。言葉だけで書いている。
・東日本大震災の後しばらく経って、あまり社会が変わっていないことに驚いてこの脚本を書いた。劇中小説の1本はペストその他災害が流行ってそれでも人類が生き延びた年を描いているが、あれは東日本大震災を置換えた。

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文学座「リア王 」文学座アトリエ

<2015年1月11日(日)昼>

歳を取ったこともあり王国を分割して娘たちに与えようとするリア王。長女と次女のような美辞麗句をいえない三女を勘当処分にしてしまう(以下略)。

直球のリア王。まず、物語が圧倒的に分かりやすい。リア王の境遇だけでなく、その周りの人の立場や人間関係がとても丁寧に描かれていて、誰が、どのような立場で、どんな思惑で、誰に何をしているのか、よくわかる。恥ずかしながらようやくリア王の物語を理解した。過去に見たことのあるシェイクスピアで一番分かりやすかったといえるくらい。これは演出の力。

そして役者。立居はきびきびしていて、声もよく通る。長女の夫を演じた高橋広司の声は素晴らしかった。他はいちいち挙げないけど、出番の少ない役も含めて全体に芝居にコミットしている雰囲気が漂っていて、観ていて気持ちがいい。

だけど、それらを上回るインパクトが、これが初見の江守徹のリア王。脳梗塞で一度入院したことがあるのは知っていたけど、まず呂律が怪しい。早口や大声で言うべき箇所の台詞もそこまでいかない。たまに台詞を忘れたんじゃないかという間の空け方をする。冒頭の王国分割の場面はリアルリア王という単語が浮かんで、観てはいけないものを観た気がした。

それが、荒野の場面までくると印象がだんだん変わってきて、錯乱していろいろ訴える調子がこの台詞回しに合って、最後の場面までいくとあまりにぴったりとはまって、リアルリア王が良い意味に取れるようになった。個人的には、役者には五体満足な状態で五体不満足な役を演じてほしい、作り物を作り物以上のものとして舞台に上げるには事実ではだめだと思っているけど、これは許せる。「生き恥さらすのが人生の醍醐味」と言わんばかりに体を張って、リア王の老いと狂気と死を演じてこれ以上ない適役に見えた。江守徹はこれが舞台最後と言われても驚かないので、観ておきたい人は今のうちに駆けつけるべき。芝居も良くできていてこの値段ならお買い得。

ところで、文学座のアトリエはどんな場所かと思ったら劇研のような雰囲気のスペース。もともと銭湯?のような建物で耐震性は不明だけど、ああいう場所を持っていることは財産。

あと、ヘーイ・ホーの曲(終演後には英語の曲が流れていた)は前にどこかで聴いたと思ったら同じ鵜山仁の「十二夜」で歌っていた曲だった。文学座のシェイクスピアでいつも定番にしているのか何なのか、曲とその由来を知っている人がいたら教えていただきたく。

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2015年1月12日 (月)

TBS企画製作「真田十勇士」赤坂ACTシアター(若干ネタばれあり)

<2015年1月10日(土)夜>

大阪冬の陣を控えて豊臣方に呼出された真田幸村。途中で加わった流れの忍びを加えて十勇士とともに参戦する。大阪城の一角を守備して名を挙げたものの、家康の講和戦略の前に苦労は戦塵と化す。十勇士たちの思惑も乱れる中、情勢を一度にひっくり返す策を巡らせる。

脚本とキャスティングだけなら劇団☆新感線のところ、演出に宮田慶子が入って若干違うノリに。チャンバラはまとめてたっぷり、それ以外の台詞の場面を、ここはいのうえひでのりならボケるという箇所もドラマ優先で。そのため、若干もたつく場面もあったけど、それを差引いて余りある雄大な芝居に仕上がった。

上川隆也の真田幸村は格好良くて華があって殺陣が決まるのに台詞も届いて、誰が何と言っても文句なしの演技。1日2回公演の後半なのにあれだけ動けて今年50歳とか信じられない。その向こうを張る里見浩太朗の徳川家康は瞬間的には上川隆也も霞む迫力満点貫禄十二分で、これで大河ドラマを観たいと連想してしまうくらいの説得力。他にもいい人は大勢いたけど、挙げないわけにはいかない気品ある淀の方の賀来千香子と、忍びの頭領らしい如才なさを魅せてくれた服部半蔵の山口馬木也を挙げておく。

完全ネタばれを避けて中途半端な書き方になるけど、途中で「生きろ」と言って登場人物を逃がそうとして、その逃がそうとする先がとある遠い場所であるあたり、中島かずきがどのくらい意識して書いたのかわからないけど、すごい今っぽいメッセージで、「獣の柱」を思い出した。初演が同じくらいの時期であるところに両者の同時代のシンクロを感じる。

言うまでもなくスタッフワークも充実していたのだけど、あの3段の床をベースにした切替の早い美術は鮮やかだった。演じる側は傾斜がきつかっただろうけど、あれは見易さと格好良さにかなり寄与していた。

物語の最後は、「な、何だってー」と言いたくなるオチがついて、ここで下手をすると台無しになりそうなところ、気合でねじ伏せた演出と上川隆也の勝ち。カーテンコール2回目からほぼ全員のスタンディングオベーションで、そうしたくなる気分もわかる。

安いとはいえないチケットだけに1階後方隅と2階後方は空いていたけど、当日券でも良席が取れたのでいろいろ余裕があったらお勧めしたい。コツは、SS席(真田シート)ではなくS席の前方席を狙うこと。舞台が高いのでやや引いたほうが全体がキレイに見える。

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