2011年12月18日 (日)

さいたまゴールドシアター「ルート99」彩の国さいたま芸術劇場小ホール

<2011年12月17日(土)昼>

日本国内で、外国の軍隊の駐屯基地のある島。基地の隣を、かつて基地と併せて整備された国道99号線が走る。基地の敷地内には、土地の貸借を拒否して住み続ける「巫女」の老女と、その弟子である若い姉妹が住んでいる。基地が10日間だけ外部公開されたタイミングで、軍の飛行機目当ての撮影者、本土から公演のために来た劇団、そして前日に起きた問題を相談したい地元の人たちが老女の住まいに集まる。前日に起きた問題とは、地元の名物であるまんじゅうを、国道99号線にばらまいたとして、トラックの若い運転手が逮捕されたという事件だった。

1日つぶれるのを覚悟で出かけたさいたまゴールドシアター。どう観ても沖縄が舞台なんですが、架空の国道だったり、最後まで沖縄という言葉を一度も使わなかったりした脚本の努力は尊重したい。そして面白くて楽しんだ。でもちょっとひねくれた楽しみ方です。岩松了の悪意と天才を堪能した。先週の岩松芝居よりももう少し露骨な感じがするのは脚本のせいか演出のせいか、それとも役者のせいか。

ゴールドシアターなので冒頭から登場するのは老人ばかりなのですが、もう日本人の悪い面のいろいろな特徴が台詞の端々に出ている役ばかり。オープニングから「そいつら全員(高所アクティングエリアから)突き落とせ」「そこの銃(舞台に置いてあった)をよこせ」とか心の中で突っ込みを入れながら観ていました。

この心境が変わったのが、途中でさいたまネクストシアターから参加の姉妹役が出てきてから。特に、請われていきなり劇団に参加させられたのに文句を言われて、そこから劇団のメンバーが言い合いを始めるその後ろで、ものすごい嫌そうなどうでもよさそうな白けた感じで言い合いが終わるのを待っている表情。さらに細かいですけど、その場面で劇団のメンバーはお茶を飲んでいるところに、姉妹役は水(ペットボトルと水筒)を飲んでいるのを観た瞬間、何でかわからないけどもう「2人ともこいつら全員ぶんなぐっていいぞ、俺が許す」と感情移入してしまった。物語に心奪われることはあっても、役に感情移入しながら観たのは久しぶりだ。いやまあそりゃ炭酸飲んでのどに刺激を与えるわけにはいかないという上演上の都合もありますけどね。後で出てくるトラック運転手の男性役もいい感じで、後半どんどんよくなっていく。

日本人の悪い面の特徴と書いたけど、それは(別に日本以外にも)いろいろあるけど、今回一番ひっかかった悪い面が「区別がない」こと。特に、自分の考えは他人が賛同して当然、自分の目標は他人も目標、という間違った集団意識。他人には他人の考え方があるから自分の考え方をおしつけることはできないという前提意識の欠如。これが、小は家族の不和から、大は基地問題まで、いろんな考え方をこじらせている。そのしわ寄せがいろいろな形で若者に回ってくる。姉役の時々鼻血が出る設定は、怒りを我慢して限界に達した場合の現象と解釈しました。あんな年寄りばっかりだったら腹が立って当然だと自分は思う。

別に役者の個人攻撃ではないですよ。役作りが上手かったということで、"Don't take it personally."です。今回はほとんどの役者が自分の名前と同じ役名を割振られているので、誤解されないように念のために書いておきます。そういう「悪い面」は岩松了の脚本の力で、だから、岩松了がどうやってこの脚本を書いたのかが知りたい。そして当日パンフで蜷川幸雄が「若い人への違和」と書いていたけど、違和についてどこまで意識的な演出をやったんだろう。すごい興味がある。

断絶したまま終わらないように、橋渡しに演出家だったり劇中劇だったりを用意して、特に劇中劇と劇を混ぜて思いっきり清算する巧みさには、救われます。

そういうわけもあって、今回はゴールドシアター以上にネクストシアターの3人が気になった。できれば「ハムレット」を観に行きたい。深谷美歩、周本えりか、川口覚の3人の名前は覚えておく。姉役の深谷美歩と妹役の周本えりかは、こんな発声の人が若手でいたのかと思って調べたら、深谷美歩は新国立劇場演劇研修所出身者だった。

<2011年12月18日追記>

2つ追記。その1。悪い面のもうひとつの代表的なものが真面目教。どちらかというと真面目ではなくて正直教で、日本の場合はこちらのほうが問題が根深い。その2。オープニングで何か変だと思っていてわからなかったけど、あれはカメラがおかしかったのが原因だと気がついた。芝居の進行上一部の人はあれだけど、飛行機撮影に来るほどのマニアなら原則として、全員プロ並の装備をさせてほしいところ。いまどきフィルム撮影を自分で現像するならなおのこと。近所の公園を朝通るときに鳥屋の爺様たちが持ってきているフルサイズのカメラにでかいレンズにごつい三脚の組合せを見るたびに、どんだけ金持ちなんだとうらやましくなる。

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2011年12月11日 (日)

パルコ企画製作「ロッキー・ホラー・ショー」神奈川芸術劇場ホール

<2011年12月11日(日)昼>

婚約したブラッドとジャネットが2人で旅行の途中、森の中で車が故障する。ちょうど近くにあった城に助けを求めて中に入れてもらうと、なにやら城の主人の特別な日だという。現れた主人が2人を実験室に誘うとそこにあったのは・・・。

なんていうんでしょうねB級SFホラーコメディーロックミュージカルっていうんでしょうかこういうの。劇団☆新感線のおポンチ公演と言われてもまったく違和感がない。「俺たちの聖典」というのも案外本当だったみたい。こんなアホバカ舞台が1973年初演って、イギリス人もアホバカだったんですね(ほめ言葉)。

それじゃあアホバカで作っているかというと、むしろアホバカこそ全力を尽くして臨界点を超えるという意思と決意がにじみ出る超大作。手抜き一切なし。さすがにところどころで笑ってしまった。心得ている客がライト振ったりしていたけど、これは公演が進むと増えるのかな。米を投げるって何のことかと思ったらそういうものらしいけど、禁止だそうです。

古田新太(役名までフルター博士だ)のオカマ主人を始めとして、役者のはじけっぷりが楽しい。開幕したばかりというのもあるけど、登場人物ののどの調子がすこぶるよくて、高い声も低い声も伸びる声もよく出ている。カーテンコールの盛上げも堂に入ったもの。客席ノリノリ。

ひとつだけ残念だったのは、盛上げるための大音量で、特に歌の部分で歌詞が聴き取りづらかったこと。飽和するくらいの音量でないとこのテンションが成立しないのはわかるんだけど、もったいなかった。「はじめは右にジャンプ」とか、部分的に聴き取った感じでは、かなり日本語に馴染みそうな歌詞だったんじゃないかと想像したんだけど、まあわからなくても楽しめる。

あと、いつも配役表を配らないパルコ企画製作芝居ですが、今回はチラシがすでに配役表になっていて、ありがたいです。こういうのは継続されることを願って褒めておきます。

東京からの距離が祟ったのか、12月は平日がまだまだ余裕だそうで、トークショーまで企画されていて、カーテンコールでもお願いしている状態。あと自分が観た回の感触だと、週末でも席を選ばなければ大丈夫じゃないかと思う。より狭い劇場で観たい気分もわかりますが、東京公演より若干安いし、劇場の場所は風光明媚なので、スケジュールの空いている人は、中華街かみなとみらいで食事して、港近辺を散歩して、それを台無しにするようなB級ミュージカル見物とかいかがでしょうか。

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2011年12月 9日 (金)

ままごと「あゆみ」横浜赤レンガ倉庫1号館

<2011年12月8日(木)夜>

主人公・あゆみが、生まれてはじめの一歩を踏出してから、最後の一歩を刻むまでを描く。

評判だったので観ましたけど、「わが星」よりもこっちのほうが面白い。

今にして思えば「わが星」はいろいろな人物が出てくるわりに脚本で人物が描かれていなくて不満だった。今回はひとりの人物に焦点が当たって、それこそ一生を描いていたので、そういう不満はない。そうすると、周りの人物の情報が少なくても、主人公経由で想像力が働いて、いろんな人物が立上がった。他の役経由の想像力というのは面白い発見だった。

全員全役の芝居はすごい久しぶりに観たけど上手。女性8人がいろんな場面のいろんなあゆみ(とそれ以外の役)を交代に演じて、いい意味でほとんど差がないのに驚き。どうやって揃えたのか興味がある(余談。こういう芝居で、役者ごとに演じた役に差があるのとないのと、どちらのほうが演出としてよくなるのか。やっぱり差があると混乱するのか)。ユニゾンとか周ったりの演出は2回目にしてすでに驚かなかったことに我ながら驚き。

あと会場。会場がどこでやってもこの面白さは出たと思うけど、でもこの会場のおかげで絶対に雰囲気がよくなっている。微妙に声が反響していたけど、それがまた演出効果につながっていた。演出家が一目ぼれしたのも納得。東京公演は観ていないけど、絶対こっちのほうが好みと断言できる。歴史があるのに手が入ってきれいになっていて、素舞台でやるような芝居なら一度は挑戦してみたい空間。

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2011年11月13日 (日)

ホリプロ主催「炎の人」天王洲銀河劇場

<2011年11月12日(土)昼>

宣教師として貧しい人たちを救えないことに悩み、志を画家に転じた男、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。絵は売れずに弟の世話になったまま、やがて心を病んでいく彼の、それでも止まない絵への情熱を、ハーグでの勉強、パリでの著名な画家との交流、アルルでのゴーギャンと同居生活を通して描く。

初演は劇団民藝で1951年に滝沢修主演とのこと。三好十郎は初なんですが、とても終戦間もない時期に書かれたとは思えないクオリティ。そして受賞作なだけのことはある仕上がり。

絵を描かずにはいられないゴッホの情熱がどこから来ているのかはわからないけど、そのわからない情熱が「炎の人」の所以なんでしょう。演じるには技術以前に大変なエネルギーが要求されると思うのですけど、市村正親が演じきりました。益岡徹のふてぶてしさや富田靖子のラシェルのノリなんかも、かなり惹かれるものがあります。

オープニングは老婆が反則でエンディングは台詞が圧巻なんですが、特にエンディング。今時は青空文庫で読めるので最後の男の台詞を読んでみてほしい(日本の画家のところは割愛されていましたが)。ゴッホの苦悩を散々みせられた後に、これを中嶋しゅうに淡々とした調子で語られた日には、野田秀樹のラストの長台詞もかすむ。「飛んで来て、取れ。」とか格好良すぎてしびれる。

ただ残念だったのは、劇場が大きすぎた(天井が高すぎた?)のか、空気がなかなか充満しないで、ちょっと発散気味になったところ。2階席が舞台から遠すぎたのかな。紀伊国屋ホールとか俳優座劇場だともっと圧倒されただろうし、シアターコクーンでも参ったと思う。場所が不便なのもそうなんだけど、あまり好きではないなこの劇場は。

そして貧乏は嫌だ。観ている間に何度も「金がないのは首がないのと同じ」と言った西原理恵子の名言を思い出してしまった。だからこそほとんど憎んだんだろうな三好十郎も。

余談ですけど、ゴッホについては、色覚の話とか、ティルトシフトの話とか知っていると、もう少し楽しめるかもしれません(楽日過ぎたけど)。ちょっと目が違っていたんでしょうね。

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2011年10月29日 (土)

TBS・サンライズプロモーション東京主催・制作「志の輔落語 in ACT」赤坂ACTシアター

<2011年10月28日(金)夜>

ろくに人が集まらないマンションの自治会で防犯対策を話し合っていたはずが脱線に脱線して「異議なし!」。なぜか無理や無茶を言う客ばかりが並んでしまったある日の「みどりの窓口」。質屋の旦那が浪人を招いて碁に興じていたら行方のわからなくなった50両、番頭が浪人を問詰めたら工面して返すと言い出した「柳田格之進」。

1本目はかなり無理やり、2本目で調子を戻して、3本目で本領発揮。3本目はよかったし満足したけど、今まで5、6回観た(聴いた)中では一番出来の悪い回だった。

ただ1本目の無理やりも理由はあって、スポーツの話、経済の話、年金の話、天気や交通の話、などなどの枕で客席の様子を探っていたのだけど、今日の客席はなんとなくばらばらで、全員のベクトルが揃う方向が見つかっていなかった。話の内容に賛成反対ならいいんだろうけど、興味がなくて予備知識がないのであればそもそも何のことだかわからない。自分の例だと、スポーツの話でプロ野球のドラフトと相撲の昇進が話題に挙がっていたけど、どっちも興味がなくてチェックしていないのでものすごくどうでもよかった。場所柄、官公庁勤めの人がいたら経済や年金の話は茶化されるどころの話じゃないだろうし。前回が成立していたのがすごくて、1300人もいれば揃わなくても不思議ないというのは今日初めて気がついた。会場選びは主催側の責任なのだけど、規模だけでなく客層の傾向も含めたパルコのよさがよくわかった。あと、枕に苦労する気持ちもようやくわかった。

枕の最中に、「昔はみんなまともだったから噺家が少し馬鹿を言えばみんな馬鹿を聴きに来た気分になれた、今は世間がおかしすぎて噺家がまともに見えるから噺家がまともな話をして客はしゃんとして帰る」というのがあって、これはいい線をついていると思った。

なんか噺の感想が全然ないけど、柳田格之進はよかったとしか書けない。本日はここまで。

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2011年5月 2日 (月)

ままごと「わが星」三鷹市芸術文化センター星のホール

<2011年4月30日(土)夜>

40億年以上経った地球の誕生と終わりを、その地球上のある一家のある少女の誕生と終わりに重ねて描く、壮大な音楽劇。

1年前の初演ですでに大評判で、今回も立見上等の当日券目当ての人たちが大行列。確かに新しい、評判になるのも頷ける内容。ただし完成度に不満ありでもったいないというのが感想。

芝居と音楽との融合した表現形式は斬新で、ミュージカルなんか捨ててもいいと思えるような内容。観たことのない人に説明しにくいんですけど、DVDが出ていたんで観られなくて気になる人は買ってください。たぶん初めて野田秀樹が出てきたときも観客はこんな感覚を受けたんじゃないかと推測する。これを思いついて形にしたという点で、柴幸男と関係者は絶賛に値する。岸田國士「戯曲」賞受賞ももっとも。

これを支えるスタッフワークでも、照明と振付の大胆さが素晴らしい。シンプルにまとめた美術も気に入った。そして音楽は、よくぞここまでまとめたというくらいぴったりはまっている。ついでに言えば、台詞とリズムについて、こんなに的確な実例を示してもらえたことには感謝もの。

なんですけど、それに匹敵する不満が2つある。ひとつは役者。演技も、身体能力も、この芝居に要求されているレベルに届いていない。脚本負けしている。中心に向かう演技を要求される演出だけど、だとしてもこの規模の劇場で空気を支配できないのはつらい。部分的にぴんとくる場面もあったけど、全体で見れば不満のほうが多い。

もうひとつは、音楽はよかったけど音響が拙い。立見で半端な場所だったとはいえ、台詞が聞こえない場面が多すぎる。戯曲本の初演では初日直前にあわててマイクをいれたと書かれていて、今回もマイクがはいっていたはずなんだけど、音量の大きい、マイクが必要な場面では完敗。じゃあ音量を下げればいいかというと、ライブとしてはあの音量が正解だから、マイクを頑張るべき。初演ならまだしも、同じ劇場で再演なのだから、もっとやりようがあったはず。ハウリングを避けるためのスピーカーポジションを照明と取合って照明優先になったんじゃないかと予想するのだけど、そういうのをまったく気にしない音響だった可能性もある。どちらにしてももう少し考えて欲しい。

不満はあるけど、内容だけなら、この時期、東北でこそやってほしい内容だった。いわき市での公演が中止になったのが惜しまれる。再々演もあると思うので、そのときはぜひ東北ツアーをやってほしい。

蛇足ですけど、柴幸男は5年後くらいにこの種の芝居に飽きてストレートプレイにいくような予感がするので、今のうちに書きためておいてほしい。

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2010年10月31日 (日)

SPAC「わが町」静岡芸術劇場

<2010年10月30日(土)夕>

アメリカの田舎町であるグローバーズコーナーズにおける、隣り合った2軒の家族を中心とした、平凡で、ありふれて、だからこそ美しい日常の話。

気になっていたので、どうせ台風なら遠出してやるよってことで行ってきました初静岡芸術劇場。一般公開初日は固さが残るものの後半に盛返した仕上がりでした。ただし遠征に見合うかと言われるとちとつらい。後半のほうが仕上がりよさそうなので、来週末以降だともっとよかったかも。

「わが町」を観るのは2回目なんですけど、やっぱり脚本がいい。誰がやっても70点までいける。ただ観るほうは「脚本で70点」というのがわかるから、ここから点数を上乗せするのは至難の業。3幕目はかなりよかったけど、1幕目2幕目はもっと上を目指せるし、目指してほしい。

SPACの役者はレベルが高いと書いてあったので期待していたけど、自分でハードル上げすぎだった。役者は声派の自分には、役者のレベルの差が気になった。個人的によかったのは、ギブス夫人と、結婚式が好きな夫人と、牛乳配達の人(この人はもうちょっと観てみたかった)。頑張ってほしかったのは、進行係とエミリで、特に進行係は、あんなに気取った声を出してはいけません。

素舞台なのは脚本の指定っぽいけど、衣装はよかったな。

1回観ているのが大きな理由なんだけど、1幕最後の脚立の場面と、2幕目最初の好きな台詞がいまいちだったのが、個人的にマイナス要素。脚立はなー、地震一発でアウトの危なさを承知のうえで、てっぺんまで登って座ってほしかった。ロビーに流れていた稽古映像ではそうやっていたのに。よりかかるのは美しくない。

いろいろ言いましたけど、なにしろ元がよい話なので、観て損ということはないです。新国立劇場で来年1月に上演されますけど、俄然観に行く気が出てきました。

演出家x芸術監督のトークがあったのは嬉しい誤算。以下なごやかなトークのメモを覚えている範囲で。質問時間はなし。順番は編集済み。細かいところは気にするな。普段役者としてしか観たことがない人が結婚指輪をしているのは新鮮だ。

(今井)演出家の違いでは3バージョンくらいだけど、文学座では毎年必ず卒業公演(?)で上演するので、それを入れると10回くらい観ている。文学座は自分も出たけど、人数が多くて1役全部割振れないので、自分が出演したときは進行係の、2幕目のソーダバーの場面のマスターから結婚式の牧師までだった。
(鈴木)なんか納得します(笑)。

(今井)東京だと、稽古は長くても1ヶ月。スタッフプランも稽古初日には出来上がっている。それを今回は8月の頭から、スタッフとゼロから相談しながら作れた。長期間な分、あまり演出プランを固めると途中で発展の余地がなくなるで、大枠までしか決めないで稽古に臨んだ。
(鈴木)衣装で色のついた布がよかった。衣装のアイディアは誰が出したのか。
(今井)最初は白と黒の衣装だけだったが、舞台袖に役者を待機させる演出プランを思いついたとき、演技中と待機中の役者を区別するために衣装スタッフと相談して出てきた。途中カラフルな衣装の場面は、重要な場面と判断して色をつけた。色はあれでも抑えたほうで、最初はもっと派手だった(笑)。

(鈴木)演出でどんな駄目出しをするのか気になっていたので稽古見学中に注意していたけど、あまり全員に駄目出しをしない。休憩になってから役者に歩いていって、こっそり話すので何を言っていたのか今でもわからない(笑)。ぜひ教えてほしい。
(今井)一度全体駄目出しをしたら、1時間半かかった。自分だったら自分と関係ない役者の駄目出しを1時間半聞くのは耐えられないので、作戦変更した。でもSPACの役者は、他の人の駄目出しを自分の次の出番に反映させるところがすごい。
(鈴木)そこに役者がいるから何を言われたか聴いてみましょう。
(役者)「軽いままでいい」と言われた(笑)。
(役者)「息を吸って吐いて」と言われた(笑)。
(今井)軽いまま・・・は、その役がやっているときっちりしたくなる役なので。息を・・・は、肉体の意識の話。自分の演出は台詞の意味よりも、台詞を言うときの意識を口元からずらすようにに注意する。普段の会話では自分のトークは気にしないで相手の反応を気にしているはずなのに、芝居になると自分の口とか咽でなんとかしてやろうと思いがち。だから例えば腕を組んだ相手と話す場面では腕の接点で相手と話すイメージを持つように伝える。実際に腕がしゃべるわけではないけど、そういうイメージを持つことで、トークの意識が口や咽からずれて、自然な会話になる。

(今井)何人かの翻訳があるけど、今回は戦前(?)くらいの森本訳を選んだ。
(鈴木)何か変更したところはあるか。
(今井)宗教関係など、さすがに今となってはこれは古い、という箇所は自分で調べて5-6箇所なおした。あとはてにをはを少々いじったくらい。わざわざ好きで古い翻訳を選んだので、それを全面的に変えるような事はしていない。
(鈴木)古い翻訳の割には今聞いても全然不自然ではない。
(今井)今どきの言葉と比べると多少言いにくいが、そのほうが台詞にインパクトが出てくる。するっと話せる台詞はするっと出ていってしまうので個人的には多少言いにくいくらいがちょうどいいと思う。
(鈴木)結婚式の場面で「1回だけなら楽しい」って台詞があって、意味がわからないが、どういう解釈をしたか。
(今井)あれは翻訳によって入っていなかったり違う訳になっていたりする。森本訳を選んだのはあの台詞が入っていたのが一番の理由。牧師から観たら結婚して子供が産まれて自分は死んで、というのは決まりきったパターンで、それに何度も関わった牧師は退屈だけど、その当事者として1回きりの経験をする分には結構なことだ、という解釈。

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2010年9月25日 (土)

TBS・サンライズプロモーション東京主催・制作「志の輔らくご in ACT」赤坂ACTシアター

<2010年9月24日(金)夜>

大工が物知りの隠居に質問した回答を信じた男が「バールのようなもの」、罪人を護送する船の監視役が聞いた罪の話「高瀬舟」、引越したばかりの豆腐屋が近所の貧乏学者に差入れを続けていたら「徂徠豆腐」。

都合がつくのに観たいものがない、と思って探したら見つけてしまった志の輔らくご。芝居に比べたらぐっとお得な値段も、この会場の大きさで成立するのかとおっかなびっくり聴いてみたら、これが成立したので驚いた。自分でも調整は難しいと言っていた時間は、本日は休憩20分を挟んで2時間35分。

1本目は実に気楽に笑い飛ばせる話。2本目は森鴎外の有名な話ですけど、「語り下ろし」って言っていたかな? 枕なしの勝負で、そういうのも落語にあるんだとびっくり。罪人護送の話ってタイミング的にぴったりすぎて、狙ったわけじゃないですよって後で断っていた。3本目も一応人情話なのかな。3本目は一部台詞が怪しかったけど、特にそれで壊れるわけでもなく、すべて楽しめる水準の仕上がりでした。上手な落語は、聴いていて面白いというか、楽しい。

ただ、変な事件がたくさんある世の中だからってのもあるんですけど、枕がちょっと好戦的な感じで、あまり噺家に煽ってほしくないなと願っているんですが、かといって自重するほどのものでもなく、んー笑わせてくれるだけに微妙。

以下雑感。
・この劇場は何かやらないといけない気がする、って言っていましたけど、きっと劇場が立派過ぎるんでしょう。良くも悪くも。
・1階の最後列でも、距離は遠くても顔の高さが合っていたせいか結構いけました。ただこれが2階の最後列でどう見えたかはわからない。声は当然マイクで拾っているので聴こえないことはないですけど、斜め45度から見下ろすと多少印象が変わるかも。
・これ以上大きい会場ではやらないだろうとおもったら、東京国際フォーラムのホールCでの独演会が11月にあった。もう、武道館とか東京ドームまでいかないと大会場への挑戦が収まらんのではないか。
・場所と時間と値段といろいろ条件が重なったけど、背広のサラリーマンが多かったのは、芝居ではなかなか見られない客層。年齢高めだった気がするけど、それでも男女バランスはよかったです。

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2009年12月 6日 (日)

TBS/エピキュラス主催「夜会 本家・今晩家」赤坂ACTシアター

<2009年12月5日(土)夜>

売子の娘。有名な観光地である寺の、隣の小さな寺の前で売子をしながら寺に迷惑をかけたり世話になったり。

一度観てみたかった夜会をようやく観られました。が、予想と大きく違ってまあびっくり。もうすこし芝居っ気の多い舞台だと思っていましたが、前衛劇というか、ここまで実験色が強い舞台だとは思いませんでした。

一幕と二幕で話がつながっていなくもないけど、舞台からして違う。一幕はまだ舞台設定がひとつだけだったけど、二幕は途中でどんどん変わっていくし、二幕の中につながりを探すのが難しい。夢十夜をさらに抽象的にしたようなもので、歌とリズムにひたすら乗っていくのが正しい楽しみかたなのかな。合間合間の台詞は野田秀樹っぽいんですけどね。

それなりに前の席が取れたんだけど、それでも「普通に中島みゆきに興味を持っている」程度の人が、2万円を払って観るものではない。シアターコクーンで1万円ならまだ実験舞台と言えたけど。一度観て、ああこういうものか、歌も上手いな、と納得できたからまあよしとする。次からは観るならコンサートのほうが私はよい。

それにしても、劇場であんなに男の観客が、それも年長の人が多いのは始めて見た。トイレの行列は、全部足したらたぶん男の方が長かったんじゃないか。おっさんたちの財布を開かせる中島みゆきの人気、恐るべし。

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2009年6月29日 (月)

さいたまゴールド・シアター「アンドゥ家の一夜」彩の国さいたま劇術劇場小ホール

<2009年6月28日(日)昼>

かつて日本で教師を勤め、今はポルトガルに住む安藤夫妻。主人が病気で危篤なため、かつての教え子の一人にもう一度会いたく、秘書に呼寄せるように頼む。が、手違いでその同期たちに話が伝わり、はるばる日本から面会にやってくる。家族や友人も集まって、なんとなくいろいろなことが起きるような起きないような、そんな一夜の話。

平均年齢70歳で、それを率いる蜷川幸雄も70歳越え。評判は耳にしても観るのは初めてのさいたまゴールド・シアター。えらい時間をかけて埼玉まで観に行きましたが、長さを感じさせない素晴らしい舞台でした。行って良かった。

まず褒めるべきはKERAの脚本で、高齢役者ばかりなのを逆手に取った設定がぴったりとはまる。これを実に上手に演出する蜷川幸雄。年齢が醸しだす迫力というかリアリティは、なんというか、観ないと上手く伝わらないです。プロンプター(蜷川幸雄も入っている)でところどころサポートしているのなんか気にならない。

補足しておくと、役者は素人と思っていると間違えます。たまに棒読みっぽくなることもありますけど、腹から出す声に乗せる意思は、棒読みなんて関係ない、中途半端な役者の小賢しい技術を吹飛ばすくらいの勢いです。その点は、蜷川幸雄が相当鍛えたのではないかと推察されます。

なんか上手く褒める言葉が見つからないのですけど、これはもう、観たもの勝ちです。見逃した人がいたら思いっきり羨ましがらせたくなるような芝居です。

最後はまた受付について。

  • 発券と支払は別々の人が担当すると効率が上がります。それだけの人手はいましたので改善してください。
  • 電話で「立見席は出ますか」という質問に「立見席は出ません」と答えるのではなく「補助席が出ます」と教えてください。
  • 再入場する客に「お帰りなさいませ」と声をかけるのはメイド喫茶みたいでなんか恥ずかしいので別の言い方を考えてください。

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